内浦と私
こんばんは。来週からついに「オンライン授業」なるものがはじまるわけですが、未だヘッドセットすら届かないこばとんです。
図書館が使えないということは、研究が一向に進展しないということを意味します。いつもは少し嫌なくらいの日常がとても大切だということを痛切に感じるわけですが、こう感傷に浸る余裕があるのも、私自身がこの恐ろしいウイルスに支配された社会のなかでまだあまり影響を受けていない方だからかもしれません。
さて、先日わたしは、ある荷物を受け取りました。
あわしまマリンパークさんが送ってくださった、招待券とぬいぐるみ、それからコラボのルビィちゃんのキーホルダーです。
これは、あわしまマリンパークさんがTwitterにて、支援のために招待券を買ってください!という発信に呼応して僅かなら力になればと購入させていただいたものです。
ゴールデンウィークだし今注文したら届くのは明けくらいかな、と考えていたら、あっという間にやってきました。
休業していても、水族館は生き物を飼育している限り何にもしない訳にはいきません。それは同時に収支が大幅にマイナスになっていることを意味しています。
学生の身分で本当に微力での支援ですが、少しでも力になれば幸いです。
さて、今回ツイートを見て即座に支援を決めたのは、私にとってあわしまマリンパークが、あるいは内浦が、とても大切な場所だからです。
ラブライブ!サンシャイン!!の聖地が沼津市内浦であると知った時は、私が内浦に出会う二回目の瞬間でした。
みなさんは初めての旅行を覚えていますか?家族旅行だったら、物心つく前かもしれませんね。でも、初めて「親や親族がいない」状態でいった旅行はどうでしょうか。
私にとってはそう、内浦が初めての「旅行」先でした。通っていたスイミングスクールのサマーキャンプです。多分私が小3の時なので、2005年の夏になるでしょうか。
いまとなっては小ぶりなビーチと感じますが、当時の私にとっては三津浜の海水浴場はあまりに巨大な空間でした。スイミングスクールの企画なので、メインはもちろん海水浴です。不器用で運動が得意ではない私は楽しめていたのでしょうか。
宿泊したのは、伊豆三津シーパラダイスの斜向かい、千歌ちゃんの実家のモデルでもある「安田屋旅館」さんの隣、山三ビュウホテルです。
晩婚の両親の子として生まれた私は、親族内でも地域内でも圧倒的最年少でした。おかげで相当甘やかされましたが、一方で年上に対して全く物怖じしないという特性を持っていました。
名物女将とまで言えるかわかりませんが、ここには当時、女将さんがいらっしゃいました。いったいどうなってそうなったのかはわかりませんが、私はここの女将さんとすっかり仲良くなり、可愛がられていたようです。口調からお分かりのとおり、ここは記憶があいまいな部分ですが......。
1フロアをそのまま部屋にしたような大きな和室に、ずらずらと布団を敷いて寝た夜は、いまだになんとなしに思い出せます。海に向いた窓からみた夜の海も、磯の香りをにおわせて吹き込む海風さえも。
ここで私は、一人の男の子と仲良くなったような記憶があります。男の子といってもたしか年上で、絵の上手な男の子だったような気がします。なんだか不思議な魅力があったその男の子すらも、思い出そうとすれば思い出そうとするほど、画素の悪い写真を拡大するように鮮明さを欠いていってしまいますが......。
今インターネットで調べるとこの旅館の評判はイマイチなものになっています。その情報を整理すると、どうもこの女将さんは数年前から姿を消し、いまは外国人による経営が行われているとかなんとか。それ以来旅館の評判はがた落ちのようです。インターネットの評判など怪しいものであって、真偽のほどは不明ですが。女将さんはまだご健勝でしょうか。そうであればよいのですが。
さて、この内浦という街の最大の特徴は、それなりの規模の水族館を二つも抱えていることです。ひとつは伊豆三津シーパラダイス(通称みとシー)、そしてもう一つがあわしまマリンパークです。2005年当時、私はどちらの水族館にも行っています。
水族館マニアとして、ちょっとだけ両水族館のご紹介を。
伊豆三津シーパラダイスは日本でもかなり長い歴史を持つ水族館で、日本ではじめてイルカを飼育した水族館としても知られます。その経歴のとおり、イルカショーが最も魅力的と言えるかもしれません。この前行ったときはカワウソも可愛かったよ。
あわしまマリンパークは無人島にある水族館で、船を使わないとたどり着くことができません。こぢんまりとした水族館ですが、とにかく飼育員さんたちの創意工夫にあふれています。アシカショーはそのユニークな演出でも有名ですし、自然の海を仕切ったプールで見られるイルカショーも新感覚です。
両水族館の特徴として挙げられるのは「解放感」だと思います。特に東京だと、そもそも室内だったり、屋上を使ったり、海は見えてもそれは水族館の外であることが多いですが、ここはそうではありません。海に突き出したように広がる水族館では、美しい海そのものと、それから借景に富士山までを味わうことができます。ここまで「自然」を感じる水族館は池袋・品川・葛西・江の島・鴨川のどこともまた違うものがあるので、ぜひ一度足を運ばれてはどうでしょうか。
そもそも西伊豆全体の特徴として、圧倒的に観光地化されてアクセスのよい東伊豆に比べて「昭和」の雰囲気をもったゆったりした街が多いことが言えます。しかしそれはその分経営的には苦しいことを意味しています。内浦という街が悪く言えば「ラブライブの力を借りる」ことになったのも、そのような背景があったのでしょう。
変わらない内浦の街も、2005年当時とは変わってしまった部分もあります。内浦自体も少し寂れているような雰囲気がありますが、一番の違いは淡島のロープウェイでしょう。2008年まで、淡島へはロープウェイで行くことができました。それも、日本で唯一ともいわれる海上ロープウェイです。もちろん当時の私もこれに乗車しており、こちらの記憶の方が遥かに強いほどです。淡島はかなり急峻な島ですが、ロープウェイで渡ると中腹よりは少し低いくらいの、水族館よりは高い位置に到着することになります。ロープウェイを降りてから下って行った記憶も、まだかすかに残っています。しかし、このロープウェイも、2017年にワイヤーが撤去され、すっかり消えていこうとしているようです。
そんな思い出の場所に、高校生にもなってから再びアニメによって導かれたのはとても感慨深かったのと同時に、変わらないものと変わっていくもの、考えさせられるものがありました。私たちの暮らしている世界はいつだって動きを止めることはありません。
しかし、2017年台風21号で被災したあわしまマリンパークは、ラブライブを通じた支援で廃業の危機を乗り越えることができました。今度も、きっと乗り越えられると信じています。変わらないもの。変わっていくもの。変えていくことも、きっとできるはずです。
思い出は切符の印字のようなものです。時が経てば薄れて、次第にわからなくなっていきます。もう15年も前のことは、大切な記憶だったとしても、輪郭はどうしてもぼやけていきます。
でも、いつだって思い出は上書きしていくことができます。思い出は強化できるのです。この大変な時を乗り越えた暁には、また大切な場所で新たな記憶を上書きできることを、信じています。
それではまた。
こばとん。