こばとんの読書日記 『りゅうおうのおしごと!』

 先日、藤井聡太七段が永瀬拓矢二冠に勝利し、史上最年少でタイトル挑戦の記録を打ち立て、将棋界のニュースが世間を賑わせました。

 残念ながら私はリアルタイムで観戦していたわけでは無いのですが、今回は久しぶりに将棋のことをいろいろ調べたり見たりしたなあ、と思いました。実は私は将棋を足掛け7年間、細々と習っておりました。とはいっても、継続はしても身にはならないのが私の悪いところ。あまり勝てもしませんし何となく離れてしまっていたのです。

 

 どうして今になって戻ってきたかというと、一冊のライトノベルと出会ったからです。

 

 『りゅうおうのおしごと!』は、白鳥士郎による将棋を題材としたラブコメ(というよりは、どちらかといえばロリコンものの)ライトノベルです。「このライトノベルがすごい!」や将棋ペンクラブ大賞を受賞しており、評価も高い作品です。

 将棋を題材にした文学作品なら、映画化もされた『聖の青春』といった名作が多々ありますが、それらと比肩するくらいに、おすすめします。内容的に人を選ぶだろうけど。少なくとも一切ライトノベルを読まない私が全巻購入して、何回も何回も擦り切れるほどに読んでこうやってご紹介しているわけなので間違いありません。

 

 史上最年少で「竜王」のタイトルを得た九頭竜八一ですが、タイトル獲得後は低迷。そんな八一のもとに、わざわざ石川県から単身弟子入りを申し入れる天才小学生、雛鶴あいが現れます。あいを弟子に取った八一。そんな八一の下にはもうひとりの天才小学生・夜叉神天衣が弟子入り。ライバル同士の二人の「あい」と、年下の姉弟子にして最強の女棋士・空銀子が、将棋でも恋愛でも火花を散らしつつ成長していく、そんな(要はハーレム的な要素の強い)ストーリーです。

 

 と、いうとなんだか一部の(多くの?)人には敬遠されてしまいそうですが、この本の魅力はそんなライトノベル的な要素だけにとどまりません。正直たくさんありすぎてどこから紹介すればいいか迷いますが、私はあえて「あとがき」を挙げたいと思います。本文をすっぽかしてあとがきを称賛するのは不遜で作者に失礼かもしれませんが、それでもこれほどに私の心を動かした「あとがき」はほかにないのですから、どうかお許しいただきたいところです。

 はてさて、「あとがき」をほとんどそのままご紹介することは、ネタバレに含まれるのでしょうか。もしそれが嫌という方がいたら、ここでブラウザバックして本屋に行ってください。読めばわかります。それでもやはりこの本の魅力はこの方法を取れば一番伝わると思っているので、気にならない方はぜひ読んでいってください。

 

 

 『りゅうおうのおしごと!』のあとがきは、ほとんど作者のエッセイになっています。第一巻では、本作を書くきっかけとなった、高校生時代に同級生にして当時の高校生竜王・加藤幸男さんとの思い出を綴ったものです。

 加藤さんとの対局で打ち負かされたこと、加藤さんが「竜王」になった衝撃、そしてそんなにも強い加藤さんが見せた挫折の陰。これが作者を将棋という題材へ導きます。

 

 著者は法曹の道を志し、大学院に通いますが、なかなか夢が叶わず生計のためにライトノベルの執筆を始めます。しかしそれは家族との絆を引き裂くこととなり、祖父の言によって著者は家を出ます。著者は祖父の死に立ち会えませんでしたが、祖父の家には著者の作品がたくさんありました。祖父の葬儀の後、著者はこの作品の執筆を始めます。

 

 七巻のあとがきでは、著者の母の死という衝撃的なエピソードが書かれます。私は近しい親族をまだ亡くしたことがありませんから、到底その痛みをわかることができませんが、想像を絶するものであることは間違いありません。それでも著者は、この作品の執筆を続けます。

 

 本の出版にあたって、神戸にある書店が大きくPRを打ってくれました。それは一人の店員さんの熱意によるものでした。一度は交流が途絶えますが、著者の地元の書店に移動になった店員さんと再会し、再びともに仕事をするようになります。そして、この出会いをはじめとして、二人は結婚に至るのです。

 

 

 「作者が小説を書くとき、作者はまた小説を生きている」

 名言風の言葉を勝手に生み出してしまいましたが、そう感じずにはいられませんでした。そして、作者が小説を生きれば、それは書く手に熱を加え、より熱を帯びた文章ができるのだと。

 

  『りゅうおうのおしごと!』も、巻を経るごとにその文章はどんどんと熱を帯びていくように感じます。それはまるで「あとがき」で書かれる著者の人生に比例するかのように。

 清滝桂香は、八一の師匠である清滝鋼介の娘であり、女流棋士を目指します。自身の気持ちや、他人と比較した自分の才能。嫉妬と後悔。そんな桂香の苦悩が描かれる3巻は、本作の最初の山場だと思います。作者自身が「自分のすべてを背負ってもらった」と語る桂香のエピソードには、私も少なからず心を動かさせられました。

 

 アニメでは5巻までが描かれますが、私はぜひ6巻以降も、というか6巻以降をこそ、読んでほしいと思います。とにかくどこまでも右肩上がりに、話が面白くなっていくからです。

 7巻では清滝鋼介の進退をかけた勝負が描かれます。鋼介の苦悩と奮闘、奨励会員との激突、鋼介自身の変化と成長、また対照的な八一の破竹の連勝とぶつかる壁......。もはやラブコメじゃないじゃん。とにかく巻を追うごとに深く、深くなっていくんですよね。

 

 私がこの作品の中で一番好きな登場人物は夜叉神天衣です。まあ理由は性格が似てるから......かな?素直じゃないところが。

 夜叉神天衣が主人公となる9巻はもちろん、空銀子とのタイトル争いを含めて注目のストーリーなのですが、そんな天衣の「ライバル」である鹿路庭珠代とのバチバチした感じがいいですよね。ひとつひとつの対局が運命を分ける勝負の世界。努力と才能。あるいは年齢制限、男女の差、若きと老い。そういった残酷な部分を丁寧に描き切っているのは、本当にすごいと思います。ライトノベルという舞台でそれをしているからこそ、むしろ引き立っているのかもしれません。

 

 著者は徹底した取材によって本作を書き上げています。それはもちろん、本作の中には今の将棋界が抱える問題、例えばコンピュータソフトの問題などもしっかり投影しています。先述した「勝負の世界」の描写も含めて、著者の精緻な取材もまた、本作に命を吹き込んでいます。実際の将棋にまつわるエピソードも随所にちりばめられていて、将棋という世界を知るためにも、そしてそこから深く好きになっていくためにも、最適な作品であると思います。

 

 

 「私のすべてを注ぎ込んだ作品」と著者は表現していますが、本当にその通りであると思います。なんだか非常に不遜な紹介になってしまったような気がしますが、どうにか魅力を伝えきれたでしょうか。

 子どものころから英会話にピアノ、水泳と習い事三昧であった私ですが、ひとつもしっかりとものにすることはできませんでした。それは冒頭で述べた通り、将棋も同様なのです。

 しかし、この本を読んで思い出したことがあります。ほかの習い事は違いますが、将棋だけは自分の希望で始めたことです。将棋教室では「めっちゃ弱いお兄さん」だった私ですが、弱くても堂々と、将棋を好きでいようと、そう思うことができました。

 

 それになにより、『りゅうおうのおしごと!』が、そして白鳥先生の人生が、私に勇気をくれました。何も人並み以上にはできるようにならない私には、書くこと、話すことといった言語的能力が数少ない取り柄のようです。どんなフィールドが舞台になるかはわかりませんが、多くの棋士が戦ってきたように、そして白鳥先生がそうしてきたように、苦悩して挫折して、それでも立ち上がって、自分の望むものに少しでも近づきたい。そのための立ち上がる勇気を教えてくれる、そんな作品だと思います。

 

 皆さんもぜひ、手に取って読んでみてはいかがでしょうか。