せつ菜の、ほんとうのわがまま TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #3 「大好きを叫ぶ」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #3 「大好きを叫ぶ」

せつ菜の、ほんとうのわがまま 

もくじ

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

第2話の記事はこちらから↓

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

スクールアイドル同好会廃部の真相

 スクールアイドル同好会が廃部になる。そこから、この物語は始まる。

 まずは、どうしてスクールアイドル同好会は廃部になったのか。そこから、話を始めていきたい。すこし混乱している部分もあるだろう。時系列に並べて丁寧に追いかかけていく。

 ①ラブライブ!出場を目指して結成された「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」は、その方向性を巡った部長・せつ菜とかすみとの対立によって、活動継続困難に陥る。この対立以外に具体的にどんな軋みが起こっていったのか、それはわからない。どちらにせよ、この問題はせつ菜とかすみの二人だけの問題ではなかった。ただし、5人の足並みが完全に揃わなくなってしまったわけではない。むしろ、飛び出したのはせつ菜と、かすみであった。残された3人のエマ・彼方・しずくは、果林の協力を仰ぎつつ、同好会廃部の真相を追求しようとする。

 

 ②予定されていた「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」のお披露目ステージは、せつ菜ひとりによって強行された。せつ菜によれば、これは「けじめ」らしい。ほぼ同時期に、せつ菜はグループの解散をメンバーに通告する。時系列的にどちらが先かは絞りきれないが、解散通告を先と見た方が良いかもしれない。メンバーには「解散」と伝えておいて、せつ菜はひとりでステージに立ったのだ。

 

 ③スクールアイドル同好会は、せつ菜ひとりのお披露目ステージを見て感化され、入部を希望していた侑と歩夢の目の前で、生徒会長・中川菜々自身によって廃部となった。

 

 ④スクールアイドル同好会の復活を狙うかすみは、ネームプレートを生徒会室から盗み出して、部室奪還を狙う。しかし、既にスクールアイドル同好会の部室は剥奪され、その場所にはワンダーフォーゲル部が入室していた。

 

 ⑤かすみは歩夢と侑に出会い、非公式でスクールアイドル同好会の活動を再開させる。果林に率いられた3人は、生徒名簿から中川菜々が優木せつ菜であることを突き止め、菜々の下へ廃部の理由を問い詰めに向かう。

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優木せつ菜はもういない。彼女はそう答えた。

 結局、廃部の直接的な原因はわからなかった。しかし、一つはっきりしたのは、生徒会長・中川菜々自身は、スクールアイドル同好会の活動継続自体は否定していないということだ。菜々の下までやってきた果林たちに、菜々はこう告げる。

菜々「優木せつ菜は、もういません!私は、スクールアイドルを辞めたんです。もし皆さんがまだ、スクールアイドルを続けるなら、ラブライブ!を目指すつもりなら、皆さんだけで続けてください」

  菜々は、これはあくまでも優木せつ菜の脱退である、と言っている。もしかしたら、スクールアイドル同好会が廃部になったのも、部活の成立条件である5人を、せつ菜の退部によって割り込んでしまったからというのが真相かもしれない。どちらにせよ、生徒会長の中川菜々には、スクールアイドル同好会の活動自体を迫害するつもりはなかった。

 しかし、論理がそうであったとしても、せつ菜の行動はあまりに身勝手だとしか言いようがない。スクールアイドル同好会の部長はせつ菜だったわけで、それにメンバーへの説明も不十分に尽きる。お披露目ライブのせつ菜単独ステージも、みんなと相談した結果とは到底思えない。それに、隠していたとはいえ、校則に従ったとはいえ、スクールアイドル同好会を廃部にした中川菜々は優木せつ菜その人である。これが単なる「脱退」というのはあまりに屁理屈だ(せつ菜はそれもわかっているかもしれないが......)。事実、しずくは「私たちとはもう.......」と語る。この発言からは、「せつ菜はしずくたちと一緒に活動することを拒否している」という彼女たちの認識が見て取れる。ここに、両者の理解は全くすれ違ってしまった。

 

「本音」と「建前」

 「中川菜々」と「優木せつ菜」。ふたつの名前は、そのまま彼女の二面性を表している。

 生徒会長としての「中川菜々」は、建前だ。彼女は校則という建前によって動いている。スクールアイドル同好会を廃部にしたのも、音楽室を無許可で使った侑をたしなめたのも、はんぺんを飼うことを認めないのも、あるいは「5人集まればスクールアイドル同好会の申請はできる」というのも、校則にそうあるからだ。中川菜々は、生徒会長という立場のもと「建前」で行動しているのだ。そこに私情はさしはさまない。中川菜々は、優秀な生徒会長だった。

 一方で、そんな菜々が「本音」として作り上げたのが、スクールアイドルとしての「優木せつ菜」だった。彼女がどうして2つのキャラクターを使い分けているのか、その明確な理由はまだアニメの物語では明らかになっていない。しかし、3話において、自宅での彼女の描写が示唆的に挿入される。自宅でスクールアイドル衣装を箱にしまい込む菜々。母が部屋に入ろうとすると、菜々はその箱をクローゼットへと急いでしまい込む。来週の模試に言及しつつ勉強の進捗を聞く母に、菜々は「もちろん」と答える。

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「大好き」は、クローゼットに仕舞い込まれる。

 ここでは、スクールアイドル活動は菜々の母にとって好ましいものではなく、菜々は母に秘密でスクールアイドル活動をしていることが分かる。どころか、CDすらも仕舞い込まれている以上、「スクールアイドルを好きでいること」自体、菜々の母にとっては好ましくないのだろう。

 そして、母が菜々に求めるのは「勉強」であることが伺える。菜々は、母に反抗する素振りを見せない。「いい娘」であろうとする、菜々の苦悩が見て取れる。

 母の期待を裏切らず、隠れてスクールアイドル活動をするためには、菜々は芸名を使うしかなかった。だからこそ「優木せつ菜」は、菜々の「本音」だったのだ。

 

 しかし、「優木せつ菜」の夢は打ち砕かれた。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、大海原に乗り出してすぐに、完全に座礁してしまったのだ。

 その原因はせつ菜にあった。スクールアイドル同好会を設立し、メンバーを

集め、「スクールアイドル同好会部長」となった優木せつ菜は、「ラブライブ!」を目指すという「建前」のために、自分の大好きを他人に押し付けてしまっていたのだ。いつの間にか、「本音」と「建前」はすり替わってしまった。「大好き」を叫びたかっただけなのに、せつ菜は他人の「大好き」を傷つけてしまった。

 せつ菜にとって一番ショックだったのは、これが無意識であったことだ。せつ菜は、必死に走ってきただけだと思っていた。しかし、それは最初は「自分のため」だったのに、いつのまにか「みんなのため」になっていた。2話の衝突のシーンで、かすみの絶叫のあとにせつ菜がはっとした素振りをみせるのは、その瞬間に、そのことに気づいたからであろう。

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「罪」の意識が生まれる瞬間。

 せつ菜は、母と同じことをしていた。せつ菜に「勉強」を強い、いい子でいることを求める母。それに反抗して始めたはずのスクールアイドルだったが、せつ菜はメンバーに自分の「大好き」を強い、厳しい練習でかすみを限界に追い詰めてしまった。まったく同じことをしていたのだ。この瞬間のショックは、せつ菜にとって絶望的なものだった。せつ菜がスクールアイドルを辞めようと決断したのは、この瞬間だったに違いない。

 しかし、視聴者は決してせつ菜を責められないことを知っている。それは、2話でかすみが同じ気づきを得ていたからである。せつ菜に「大好き」を押し付けられたかすみも、歩夢に「かわいい」を押し付けてしまった。そして、侑が言うように、それは「仕方がない」ことなのだ。

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失敗を乗り越えたかすみは、一回りも二回りも成長した。

かすみ「せつ菜先輩は、絶対必要です!確かに、厳しすぎたところもありましたけど......。 今は、ちょっとだけ気持ちが分かる気がするんですよ。前の繰り返しになるのは嫌ですけど、きっと、そうじゃないやり方もあるはずで、それを見つけるには、かすみんと全然違うせつ菜先輩がいてくれないと、ダメなんだと思うんです」

  このかすみの発言は、この物語のテーマの根幹にかかわる。かすみは、自分の失敗によって、人はそれぞれ誰もが違うということに気づいた。そして、自分が自分らしく輝くためには、「違いを認める」ことが大切だと思い知った。十人十色のトキメキを表現するためには、お互いの違いを認めなければならない。虹が虹であるためには、一色だけではいけない。他の色があってはじめて、虹は虹たりえるのだ。

 せつ菜とぶつかったかすみがせつ菜の気持ちに寄り添い、せつ菜を赦したことで、「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」にせつ菜を受け入れる準備は整った。メンバーがせつ菜が辞めるのは嫌だと口をそろえることでも、それは分かるだろう。あとは果林の言う通り、せつ菜の気持ち次第なのだ。

 

「期待」と「わがまま」

 「大好き」を押し付けてしまったせつ菜。しかし、その言動を見ていくと、まだ解き明かさなければならない疑問があることに気づく。

 スクールアイドルをやりたいなら、家出など強硬策を取って親に反抗してみてはどうだろうか。メンバーの足並みがそろわなくて、自分の求めるレベルに達しなかったとしても、そのレベルでも妥協して「お披露目ライブ」に臨むという選択肢はなかったのだろうか。ラブライブ!までにはきっと、まだ時間的猶予はあるのだと思う。

 この疑問を解く答えは、「期待」。そしてそれと対立する「わがまま」にある。

 菜々(モノローグ)「期待されるのは嫌いじゃなかったけど、一つくらい、自分の大好きなことも、やってみたかった」

  中川菜々は、いつだって期待に応えようとする女の子だった。否、「いつだって期待に応えようとせずにはいられない」女の子だった。

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菜々には、「期待」を裏切る選択肢は、いつだって、はじめから、なかった。

 母にとって理想的な娘であろうとし続けたのも、母の期待を裏切りたくなかったからだ。菜々にとって、期待に応えることは大好きを貫くことより優先すべきことだった。だから、菜々は「母の期待を裏切らない範疇で」芸名を使ってスクールアイドル活動を始めた。初めから菜々の中には、「母の期待を裏切る」という選択肢はなかったのだ。「優木せつ菜」としてのスクールアイドル活動は、菜々にとって最大限かつ唯一の、自分の「大好き」を貫く方法だった。

 せつ菜がラブライブ!を目指し続け、厳しく高いパフォーマンスを求め続けたのも、「期待」によるものだった。菜々が生徒会室で自身のライブ動画を見るシーン。その活動休止を惜しむ声に悔しさを覚える菜々だが、一番気にしていたのは「(ラブライブ!にエントリーすれば)いい線いってたかもしれないのに」というコメントだ。

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ファンの「期待」が、せつ菜を追い詰める。

 菜々は、優木せつ菜に対して、ファンがラブライブ!に出場し、あわよくば優勝してほしいという「期待」をかけていたことを敏感に感じ取っていた。そして、その「期待」に応えようとしたのだ。せつ菜が手を抜くことができなかった理由はここにある。中川菜々は、期待に応える女の子だ。これは、菜々の本能といってもいいかもしれない。菜々にとって、その期待に応えないという選択肢はない。その瞬間、菜々にとってそれはただの「わがまま」になってしまうからだ。

菜々(モノローグ)「私の大好きは、誰かの大好きを否定していたんだ。それは結局、ただのわがままでしかなく。私の大好きは、ファンどころか、仲間にも届いていなかった」

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望まざる決断。悔しかったに違いない。

 菜々にとって「本音」である大好きをつらぬきたいという気持ちと、「期待」に応えたいという本能は、両立しなかった。大好きをつらぬき、ファンの「期待」に応えようとしたせつ菜は、他人の「大好き」を否定してしまった。それは、せつ菜が「本音」を隠さなければならない理由である、母の「期待」による圧力と全く同じものだった。これでは、自分が大好きをつらぬいたとしても、その大好きによって誰かが傷つき、自分と同じ気持ちをしなくてはならなくなる。苦悩したせつ菜は、スクールアイドルを辞める道を択んだ。

 

音楽室の邂逅

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ラブライブ!の音楽は、いつだって鍵盤の調べに乗せて。

 話は少し戻って、音楽室のシーン。拙いピアノで『CHASE!』を弾く侑*1のもとへ、菜々がやってくる。

 ここでは、彼女は「建前」である生徒会長としての菜々である。しかし、侑はそんな菜々のペースを崩してゆく。せつ菜のことが好きだとまくしたてる侑。

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これは、告白である。

侑「うん、大好きなんだ!」

 侑は、せつ菜一人のお披露目ライブのステージを見ていた。そして、そのせつ菜が大好きだと言う。この言葉を聞いて、菜々ははっとした表情を見せる。しかし、ここは建前としての生徒会長の中川菜々である。同好会が再始動していることを聞いても、菜々は動じない。せつ菜のことを「優木さん」と呼び、せつ菜が菜々と別人であるという設定を揺るがさない。淡々と、校則に則って、スクールアイドル同好会は人数が揃えば申請が可能であると侑に伝える。

 菜々が初めて取り乱したのは、侑のこの発言の後だった。

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「始まり」を受け取ったから。

侑「でも、時々思っちゃうんだよね。あのライブが最後じゃなくて、始まりだったら、最高だろうなって」

 突然のこの言葉。しかし、普通にあのライブを見て、それが「始まりである」と思うだろうか。せつ菜一人が上がったステージを見て、現地のファンは「せつ菜ちゃん一人?」と、5人が揃わなかった不完全なライブに疑念と不審の声を上げていた。動画のコメントも、スクールアイドルを辞めるせつ菜に対して、惜しむようなコメントばかりがついていた。誰がどう見ても、あのライブはせつ菜にとっての「最後の」ライブだった。それを、侑は「始まりだったら最高だ」と言う。

 侑が、どこまで深く考えてこの発言をしているかはわからない。しかし、この発言はせつ菜にとっては限りなく重要なものであった。

 そもそも、せつ菜はどうしてあのステージに一人で立ったのだろうか。いくら責任があるといっても、ステージをキャンセルする選択肢だって、あったように思う。しかし、せつ菜は一人でステージに立った。

 それに、もう一つ気になることがある。侑は、せつ菜に出会ったその日から、スクールアイドルのファンになった。中でも、せつ菜は別格だというのが、侑の評価だ。侑は、必死になってせつ菜の情報を探したが、お披露目ライブの『CHASE!』のステージ以外に、せつ菜の動画は見つからなかった。スクールアイドルを辞める決断をしたせつ菜が、自身の動画を削除したからであろう。

 では、どうしてせつ菜はお披露目ライブのライブ映像だけ残したのか。それは、あのお披露目ライブは、せつ菜が誰かにメッセージを届けるために行ったものだったからだ。

 そのメッセージは何か。誰のためのメッセージなのか。「答えらしきもの」は、彼女自身が語っている。

 菜々(モノローグ) 「けじめでやったステージが、少しでも同好会のためになったのなら。優木せつ菜だけが消えて、新しいスクールアイドル同好会が生まれる。それが、私の最後のわがままです」

 お披露目ライブが「少しでも同好会のために」なって、スクールアイドル同好会が新しく生まれるなら、せつ菜はそれでいいというのだ。その新生スクールアイドル同好会の中に、せつ菜はいない。

 しかし、私はこれがせつ菜のほんとうの望みではないと思う。せつ菜の「ほんとうのわがまま」は、別にあるのではないか。

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去り行く彼女。希望はなくなってしまったのだろうか。

 せつ菜は、スクールアイドルを辞めたくなかった。スクールアイドル活動を続けたかった。

 しかし、今のせつ菜は、メンバーを傷つけ、同好会を解散させ、スクールアイドル同好会を廃部にまで追い込んだ。メンバーの赦しと、そして何か大きなきっかけが無ければ、せつ菜はスクールアイドル同好会に戻れるわけがなかった。

 メンバーの赦しが、かすみのエピソードもあって既に得られていることは、先に述べたとおりだ。しかし、せつ菜にはまだきっかけが無かった。少なくともアニメの物語の中では、元スクールアイドル同好会メンバーの誰も、せつ菜に向かって「同好会に戻ってきて欲しい」と伝えてはいない。せつ菜自身から同好会復帰を切り出す選択肢だけはあり得ない。せつ菜は「第三者」を必要としていた。

 せつ菜が「第三者」を必要とした理由は、もう一つあった。それは、「期待」に関わることである。

 中川菜々は期待に応える女の子だ。彼女は、どんなことがあっても期待に応えようとする。自分の大好きなことをやってみたい。そう思って始めたスクールアイドル活動も、スクールアイドル同好会の部長という立場と、それからラブライブ!に出場してほしいというファンの「期待」と両立させることができなかった。しかし、それでも彼女は「期待」を裏切りたくない。

 もう一度「優木せつ菜」のストーリーを始めるためには、同好会のメンバーでもなく、それまでのファンの誰かでもない、「第三者」が必要だった。そして、せつ菜は部長としてはスクールアイドル同好会には戻れない。それでは、せつ菜はまた同じことを繰り返してしまうからだ。

 

 せつ菜は、誰かがせつ菜の想いに気づいてくれることを願って、その僅かな希望に賭けて、一人でお披露目ライブのステージに立った。そして、その映像だけを残した。メッセージを受け取った誰かがせつ菜の前に現れて、せつ菜にきっかけを与えてくれることを願って。

 奇跡は起こった。メッセージは伝わったのだ。メッセージを受け取ったのは高咲侑、その人だった。侑は、「あのライブが始まりになればいい」といった。それは、せつ菜が伝えたかったメッセージそのものだったのだ。

 

最後の賭け

菜々「なんでそんなこと言うんですか。いい幕引きだったじゃないですか」

 侑の発言を聞いた菜々は、こう答える。一見すればせつ菜の復帰を否定しているように見える発言だが、発言の真意は別のところにある。

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菜々は「最後の賭け」に出た。

 侑の発言を聞いたせつ菜は、メッセージを受け取った人間が、「第三者」たりえる人が現れたことを知った。

菜々「せつ菜さんは、あそこで辞めて正解だったんです。あのまま続けていたら、彼女は部員のみなさんをもっと傷つけて、同好会は、再起不能になっていたはずです」

「高咲さんは、ラブライブをご存じでしょうか?」

ラブライブは、スクールアイドルとそのファンにとって、最高のステージ。あなたもせつ菜さんのファンなら、そこに出て欲しいと思うでしょ?スクールアイドルが大好きだったせつ菜さんも、同好会を作り、グループを結成し、全国のアイドルグループとの競争に、勝ち抜こうとしていました。

勝利に必要なのは、メンバーが一つの色にまとまること。ですが、まとめようとすればするほど、衝突は増えていって、その原因が、全部自分にあることに気づきました。せつ菜さんの大好きは、自分本位なわがままに過ぎませんでした。そんな彼女が、スクールアイドルになろうとおもったこと自体が、間違いだったのです」

  ここでの菜々の言葉は、「建前」ではない。「本音」を話している。確かにここで彼女は「中川菜々」として、「優木せつ菜」を別人として話しているが、しかし途中では「自分」が主語になっている。最後は結局他人としての表現に戻るが、どう考えてもこれはせつ菜以外の視点ではない。ここでは、中川菜々=優木せつ菜として、菜々は本心を侑にぶつけているのだ。

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「幻滅しましたか?」

菜々「幻滅しましたか?」 

  これは、菜々にとって最大にして最後の賭けだった。菜々は、侑が菜々にとって待ちわびた「第三者」であるかどうかを確かめたかった。菜々はここで、想いの丈の全てを侑にぶつけた。「第三者」は、スクールアイドルではなく、しかしファンでもなく、菜々を理解し、そして「ラブライブ!」を目指すことを菜々に期待しない者でなければならない。そうでなければ、菜々は、せつ菜は、同好会に戻れない。もしそれでも同好会に戻ったなら、彼女は同じことを繰り返してしまうだけだからだ。

 音楽室での菜々のこの言葉は、一見取り付く島もないような対応に見えるが、そうではない。せつ菜は、侑が「第三者」であることを確認するために、侑から「幻滅などしていない」という言葉を引き出すために、この話をしたのだ。「優木せつ菜」は、もういない。スクールアイドル同好会の廃部によって、優木せつ菜はもういなくなった。残されたのは、「建前」としての中川菜々だけだ。中川菜々として、侑が「第三者」かどうかを確かめるには、せつ菜がスクールアイドル同好会に戻るには、この方法しかなかった。

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強く握る拳にかける想いは、どんなものだったろうか。

 侑は、答えなかった。答えられなかったのか、答えを出さなかったのか、それは分からない。しかし、侑がここで簡単に答えを出さないことには、好感が持てる。この問題は、そう簡単な問題ではない。菜々の人生そのものにかかわるような、そんな問題だからだ。

 しかし、どちらにせよ、菜々の賭けはこの段階では失敗に終わった。歩夢が現れると、菜々は硬い声で「失礼します」と一言残し、音楽室を去って行った。菜々の「最後のわがまま」がせつ菜のいない新生スクールアイドル同好会の誕生になったのは、ここで菜々の最後の賭けが失敗に終わり、せつ菜がスクールアイドル同好会に戻る道が閉ざされたからだ。

 

ほんとうのわがまま

 果林たちと合流した侑は、彼女たちが既にせつ菜を赦していることを知る。実は、侑は音楽室のタイミングでせつ菜を受け入れる覚悟ができていたが、そのためにはグループのみんなの総意を確認して、合意をとってからではないといけないと考えていたというのは、さすがに深く考えすぎだろうか。せつ菜を新生スクールアイドル同好会に迎え入れる準備は整った。交渉役には、侑が自ら立候補した。果林の言う通り、あとは、せつ菜の気持ち次第だった。

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せつ菜のスクールアイドル復帰交渉は、侑に託された。

 侑は、歩夢とかすみに放送をかけさせて、「優木せつ菜」と「中川菜々」の二人を屋上へ呼び出す。菜々は呼び出しをしたのが誰かを考えるにあたってエマか果林を*2疑っているし、「最後の賭け」に失敗した時点で、菜々は侑が「第三者」となる関係を諦め、スクールアイドルを辞める覚悟が決まっていたのであろう。ここで、侑が呼び出してくる可能性は菜々の頭の中には無かった。

 しかし、屋上に立っていたのは侑だった。

侑「こんにちは、せつ菜ちゃん」

 侑が会いたかったのは、優木せつ菜だ。「彼女」は、しばらくは中川菜々として話すが、しかし侑は終始せつ菜に向かって話しかける。

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思えば屋上は、せつ菜とかすみがぶつかった場所でもあった。

 侑はまっすぐに音楽室でのことを謝るが、菜々は菜々だった。突然の謝罪に驚きつつも、それでも淡々と受け応える菜々。そこには、せつ菜の影はみえなかった。

菜々「 話が、終わったのなら......」

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せつ菜には、まだ未練が残っていた。

 この瞬間、菜々の中のせつ菜が顔を出した。呼び出し人が侑だと知って、菜々は再び、侑が「第三者」になってくれることを期待した。そうでないのなら、名残惜しさも見せずに去ればいい。後ろ髪をひかれるようなこの台詞は、菜々が、まだスクールアイドルに未練を残している、何よりの証拠だった。

 

 そんな菜々を見た侑は、こう切り出す。

 侑「まだあるの!

私は、幻滅なんて、してないよ。

スクールアイドルとして、せつ菜ちゃんに同好会に戻ってほしいんだ」 

 これは、菜々が待ち望んだ言葉だ。音楽室で侑と出会ったときに、菜々は最後の賭けをした。「優木せつ菜」が生き残る、唯一の可能性を侑に託した。すぐには答えは出なかった。しかし、確かに今、侑はそれに答えた。この瞬間、菜々の中で眠っていた「優木せつ菜」は息を吹き返した。

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「菜々」から「せつ菜」へと変わり、取り乱す彼女。

せつ菜「 何を......。もう全部わかっているんでしょ?私が同好会にいたら、みんなのためにならないんです!私がいたら、ラブライブ!に出られないんですよ!」

  優木せつ菜は、ほんとうのわがままを侑にぶつけた。せつ菜がスクールアイドル活動を再開するには、誰も傷つけずに活動を続けるには、この言葉が必要だった。

侑「だったら!だったら、ラブライブ!なんて、出なくていい!」 

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ラブライブ!なんて出なくていい!」。これは、せつ菜を呪縛から解き放つ、魔法の言葉。

 この言葉が侑に口から放たれた瞬間、それまでせつ菜の「大好き」を縛っていた、「期待」の鎖は解かれた。せつ菜は真に解放されたのだ。これでもう、せつ菜はだれも傷つけなくていい。もう同じ過ちを、繰り返さなくていい。

侑「私は、せつ菜ちゃんが幸せになれないのが嫌なだけ。ラブライブ!みたいな最高のステージじゃなくてもいいんだよ。せつ菜ちゃんの歌が聴ければ、じゅうぶんなんだ。スクールアイドルがいて、ファンがいる。それでいいんじゃない?」 

せつ菜「どうして、こんな私に......」

侑「言ったでしょ。大好きだって。こんなに好きにさせたのは、せつ菜ちゃんだよ」

せつ菜「あなたみたいな人は、初めてです」

 これは、「いい屁理屈」だ。菜々が、はんぺんを「生徒会おさんぽ役員」として虹ヶ咲学園の一員として迎え入れたのと同じである。はんぺんが、校則を破らずに虹ヶ咲学園で生活するには屁理屈が必要だったように、せつ菜が、「期待」を裏切らず、「大好き」をつらぬいてスクールアイドル活動を続けるためには、屁理屈が必要だったのだ。そして、それはこういう屁理屈だ。

 せつ菜のファンは、せつ菜のステージを見たい。そして、せつ菜がよりレベルの高いステージに立つことを望むのは、当然のファン心理だ。スクールアイドルがいて、ファンがいる。それだけの関係は、ほんとうはありえない。それに、スクールアイドルとして活動するにも、目標はどうしても必要になる。それが最高のステージであるラブライブ!に設定されることは、何の不思議もないことだろう。

 でも、侑はそうではない。侑はファンであって、ファンでない。侑はせつ菜に「ラブライブ!に出なくていい」という唯一の人間だ。それは、侑が長年せつ菜のファンをしてきたわけでもなく、しかしスクールアイドルとして活動しているわけでもない、「第三者」だからこそ実現する。そして、せつ菜はそんな侑一人の期待に応えるために活動すればいい。そうすれば、せつ菜は「期待」に応えられるし、ラブライブ!に縛られずに「大好き」をつらぬける。侑の「大好き」に応えることがせつ菜の「大好き」になる。こうなってはじめて、せつ菜は「建前」と「期待」でがんじがらめになった世界の中で、「大好き」を、思う存分、叫ぶことができるようになる。

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中川菜々と優木せつ菜。そのすべてを受け入れてくれる人に、せつ菜は初めて出会った。

 侑は、せつ菜の「期待」も「わがまま」も、「本音」も「建前」も乗り越えて、そのすべてを抱きしめてくれる、せつ菜にとってはじめての人だった。期待には応えたい。でも大好きはつらぬきたい。「建前」を駆使して、どうにかそんな相反する自分の理想を追い求める。時にはまわりが見えなくなって、自分の「大好き」でひとを傷つける。それでも、諦められない。捨てられない。そんな不器用でわがままなせつ菜の全てを受け入れてくれる唯一の人が、侑だった。

せつ菜「期待されるのは、嫌いじゃありません。ですが......ほんとうに良いんですか?私のほんとうのわがままを、大好きをつらぬいても、いいんですか?」

侑「もちろん!」 

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未来は、明るいものになった。

  スクールアイドル活動をしたい。大好きを、何かに縛られることなく、存分に叫びたい。菜々の「ほんとうのわがまま」は、今侑によって受け入れられた。不器用な中川菜々が生み出した「本音」の自分。優木せつ菜は、その全てを理解して受け止める高咲侑と出会って、ようやく誕生したのだ。今初めて、せつ菜が「大好きを叫ぶ」ための準備が整った。

せつ菜「わかっているんですか?あなたは今、自分が思っている以上に、すごいことを言ったんですからね。

どうなっても知りませんよ?」 

  スクールアイドル優木せつ菜の物語は、彼女が侑の前で眼鏡をはずし、髪を解いた、この瞬間に始まった。「大好き」を叫ぶスクールアイドルによる、伝説の物語の開演である。

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今、侑の目の前で、「優木せつ菜」が生まれる。

せつ菜「スクールアイドル同好会、優木せつ菜でした!」 

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侑とせつ菜の出会いが、物語をスタートさせる。

 大好きを叫んだせつ菜の向かう先は、まだ誰にも分からない。しかし、せつ菜の頭上に広がる青空は、どこまでも澄んで広がっている。その未来がせつ菜にとって幸せなものになることは、疑いようがない。

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「優木せつ菜」の物語は、まだ始まったばかりだ。

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第3話より引用。

*1:スクスタでは「あなた」は音楽科所属だったが、アニガサキで侑は普通科所属である。「初めて」と侑は言っているし、片手で単音を弾いていることからみて、侑はピアノ未経験であると思われる。しかし、テンポはゆっくりだが、『CHASE!』を耳コピして弾いていることから、ある程度の音感はあるようだ。今後、侑が作曲するような描写があるかどうか、注目である。

*2:菜々はどうしてエマを疑ったのか。これは推論だが、冒頭の生徒会室のシーンで、解散についてしずくと彼方が追及の姿勢を見せるなか、エマは「せつ菜ちゃん......!」と呼びかけるだけだ。そして、せつ菜はエマの言葉にだけ動揺している。せつ菜は、旧同好会のメンバーで直接菜々を呼び戻す可能性があるのは、エマかしかいない。エマでなければあるいは、部外者だが菜々自身が芸名で活動する理由に踏み込もうとしていた果林だと考えていたのではないだろうか。菜々にとって、侑以外にきっかけを与えてくれる人になれる候補は、エマか果林しかいなかったのだ。