向き合う顔が、笑顔なら TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #6 「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #6 「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」

 

向き合う顔が、笑顔なら

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

 

↓第5話の記事はこちらから

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

 

Introduction

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イメージする自分と、むきあうほんとうの自分

「思いを伝えることって、難しい。 

わたしの場合は、特にそう。

『友だちになりたい』。そんな一言を言うのにも、ハードルがある」

  伝えたかった言葉は、「友だちになりたい」。

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気になる。そんな落ち着かない気持ち。

 教室の隅、気になる3人。それでも、璃奈はその言葉を口に出すことができない。

 それは......自分の表情が、表情を出せないことが、感情が相手に伝わらないことが、どうしても気になってしまうから。

 頭のなかでイメージする自分と、ガラスに映る自分。その違いに、彼女は傷つく。傷ついた心は、いつの間にか光を避けて、暗がりへと逃げ込む。固い、暗い、殻のなかへと......。

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璃奈「なんでもない」

 

特別な人

 「表情を出すのが苦手」。中学校までは友だちもできず、いつも一人で過ごしてきた璃奈。

 高校に進学し、変わろうともがく璃奈。それでも、なかなか友だちはできない。そんな璃奈を、突然太陽のように照らしたのが、愛だった。

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特別な人との、運命の出会い

 出会ったときから、表情がなくとも、璃奈の気持ちを正確に把握できた愛。愛はまさに璃奈にとって、唯一無二の特別な存在だった。別に、愛が人の気持ちを読み取れる特別な能力を持っているとか、そういうことではない。これができる人は、璃奈にとって愛しかいない。璃奈にとって愛は「特別な人」なのだ。

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璃奈の世界を、広げてくれた人。

 愛と出会ったことで、璃奈の世界は一変した。例えるなら、言葉も文化もわからない外国で、初めて日本語が通じる人に出会ったような。そんな革新が、璃奈に起こった。殻にこもっていた少女は、宮下愛という特別な人を媒介することによって、はじめて外の世界とつながることができたのだ。

 愛を通じて、璃奈はときめきを受信する。せつ菜のステージ。「スクールアイドル」の存在を知った璃奈は、特別な人である愛と、同じ夢を追いかけることになった。

 璃奈にとって「スクールアイドル」への挑戦は、特別な意味があった。それは、璃奈がスクールアイドルを通して誰かと繋がりたいと考えていたからだ。

璃奈「ファンの人と、気持ちを繋げること」

 4話の、かすみによるスクールアイドルの講義で、璃奈はこう言っている。璃奈は、人と気持ちを繋げたかった。繋がってみたかった。そのために、スクールアイドルになることを決めたのだ。

「初めて、人と繋がることができた。そして今の私は、もっとたくさんの人たちと繋がりたいと思っている。今からでも、変われるんだ」

  自分を変えたい。人と繋がってみたい。彼女のスクールアイドルの物語は、ここから始まる。

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「変わりたい」

 

「繋がる」ってなんだろう

 ところで、璃奈が抱えている問題ってなんだろうか。璃奈はどのように変わりたいと思っているのだろうか。

 既に述べた通り、璃奈のコンプレックスは「表情を出すのが苦手」なこと。そして、それによって璃奈は人と繋がることができない、と考えている。

 まず一つ確認したいことは、これは「璃奈には感情がない」とは全く異なるということだ。璃奈は、感情豊かな女の子だ。ただ、その感情を伝えるための「表情」を持っていないだけなのだ。そして、その感情を人と共有したいと思っている。

 それでは、「表情」ってなんだろう。

表情(facial expression)

情動に応じて身体各部に表出される変化を表情といい、特に顔面に表出される変化を顔の表情という。通常、人間の場合、顔の表情を意味することが多い。(中略)一般に、表情は他者の感情や情動あるいはその意図や欲求を認知するうえでの手掛かりの一つと考えられている。しかし、人間の顔の表情判断に関する研究をみると、表情写真を見せてどのような情動が表出されているか判断させてみても、的中率はそれほど高いとは言えない。顔面の表情表出行動は文化的、社会的な枠の中で形成されるものであり、具体的な場面からは切り離された顔の表情だけから情動を推察することは、基本的な情動を除いてはむしろ困難であるといわれている。なお、表情判断の手掛かりとなる顔の部分としては、眼、口、鼻などがあげられる。

              出典:『ブリタニカ国際大百科事典』 2015

 表情の形成に関する記述も面白く、どうして璃奈が表情を得ることができなかったのか、それに関するヒントになりそうだが、論旨がずれてしまうのでそれはまた別の機会としよう。注目したいのは、「表情だけで情動を推察するのは困難」であるという点である。

 表情というのは、あくまでも人間が相手の心情を推察する一つの判断条件、あるいは、あくまでも自分の感情を表現する一つの方法に過ぎない。それは、感情の伝達において絶対的な存在ではない。人間は、相手の感情を表情以外の、もっと別の点からその多くを受け取っているのだ。

 ストーリーを振り返ると、確かに璃奈の周りでは、璃奈自身が表情を出せないことによって、それほど深刻な問題が起きているようにはみえない。1話で侑と歩夢がはじめて璃奈と会うシーンでは、侑は璃奈の表情をみて「もしかして、急いでいたのかな?」と不安がるが、璃奈が「急いでなかった」と伝えると、侑は「ならよかった」と笑っている。4話においてエマが璃奈に「同好会はどう?」と問いかけるシーンでも、その表情をみてエマは疑問を覚えるも、愛が璃奈の気持ちを読み取り「うきうき」と伝えると、エマは「楽しんでくれてるならよかった」と答える。たしかに感情の伝達に齟齬を起こすこともあるが、それを相手がひどく気にしている様子はない。言葉をもって感情を伝えれば、相手はそれほど困ることなく璃奈の気持ちに寄り添っている。

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戸惑ってはいても、困ってはいない。

 6話でも、璃奈が「表情が出せない」ことで、周りが困っているような描写は少ない、というより、ほとんどない。璃奈が「友だちになりたい」と伝えたいモブ3人組も、璃奈が話しかけようとして失敗することを繰り返していても、璃奈に対して負の感情を抱いたり、なにか璃奈に厳しい言葉をかけることもない。むしろ、璃奈に積極的に話しかけて、アプローチをかけてくれている。

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この子たちはきっと、璃奈にとって得難いほんとうの友だちになれる。

 では、璃奈の抱える問題とは何だろうか。璃奈は、どうして気持ちを伝えることができない、あるいは友だちを作ることができないのだろうか。

 その問題は、きっとここにある。

「『友だちになりたい』。そんな一言を言うのにも、ハードルがある」

  璃奈の抱える問題の本質は、「表情が出せない」ことにあるのではない。そんな自分がコンプレックスになって、他人に心を開くことができなくなってしまったことにある。自分の感情を誤解されることを恐れ、心を閉ざしてしまった璃奈は、口を開くこともなくなってしまった。自分の感情を伝える方法を、璃奈は失ってしまった。

 「話せない」という視点で、ストーリーを見るとどうだろうか。

 璃奈は、決して話していないわけではない。アニメのストーリーの中でも、璃奈は少なからずセリフを発している。

 しかし、璃奈が誰かと、例えば同好会のメンバーとも、話しているときは、いつだって愛と一緒のときだ。さっき見た、1話のシーンが分かりやすい。璃奈は、侑と歩夢に話しかけられても、愛が登場するまで、二人に話すことはできなかった。愛はいつだって、璃奈の気持ちを理解してくれる。そして、困ったときは、それを媒介して相手に伝えてくれる。愛がいるからこそ、璃奈は誤解を恐れず、心を開いて相手に話しかけることができるのだ。

 愛によって殻を抜け出し、外の世界に出た璃奈。璃奈が目指すのは、「誤解を恐れず、相手に感情を伝えること」。そして、それを愛がいない状態でできること。これが、璃奈の目指す「心を繋げる」なのだ。

 

外の世界と、中の世界

 気になる3人と友だちになりたい璃奈。「ぜひライブをやってほしい」と言う3人を見て、璃奈は彼女たちと「つながる」ために、ライブをすることを決意する。

 ところで、璃奈のステージは今作では一番最初のライブとなる。「最初のライブ」という視点で、前作(ラブライブ!サンシャイン!!)、前々作(ラブライブ!)と比較すると、面白いことがわかる。

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直面したのは、「外側」の世界。

 それは、直面している問題が違う、ということである。これまでのラブライブ!では、題材となっていたのはグループとしての成長だった。この点で、まさにラブライブ!はスポ根的な要素を持っていたと言える。努力したら、その分成長する。最初は厳しい評価でも、みんなで力を合わせて努力すれば、いつかそれは大きな成果を生み出す。全ての夢が叶わなかったとしても、その努力の結晶は確かに各自の中に残っていく、そんなストーリーだった。

 だから、1回目のライブで彼女たちが向き合ったのは、外からみた彼女たちへの評価だった。ラブライブ!では、厳しい現実に直面させられた。彼女たちのステージを見に来てくれる人はいなかった。だからこそ、彼女たちは努力し、みんなを振り返らせようとした。ラブライブ!サンシャイン!!では、沼津の暖かい人たちによって、一時は失敗するかと思われた彼女たちのライブは、大盛況だった。しかし、この成功体験は東京に出た後に、彼女たちがスクールアイドルのフェスで1票も得られないという厳しい評価につながっていくことになる。彼女たちがライブで直面したのは、外からの厳しい評価だった。それが彼女たちのバネとなり、彼女たちは力を合わせて成長していくのだ。

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それは、彼女たちの力になった。

 しかし、今作は違う。璃奈が「本当の自分ではない。キャラに頼ってしまった」と満足しないPVも、ファンには好意的に受け入れられていた。みんなが、璃奈のライブを待っていた。実際に東京ジョイポリスで行われたライブも、3人が「結構集まってるね」と言うように、決して超満員というわけではないが、観客はそれなりにいるようだ。

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待ってくれる人は、いる。

 このことから分かるのは、この物語が「グループとしての成長」を描く物語ではないということだ。グループとして目標に一致団結する、力を合わせれば、何倍ものパワーが出せる。そういう話ではない。あくまでもこれは「個人の成長」に光を当てたストーリーなのだ。一人ひとりの成長は、それぞれ違っているし、その大きさも違う。

 先述した璃奈の表情の問題もそうだが、彼女が抱える問題は、彼女の外側にあるのではない。だから、この物語は、彼女の外側が変わっていく話でも、彼女が外側の世界を変えていく話でもない。外の世界には、彼女を受け入れてくれる人も、場所も、あるのだ。でも、それだけではダメなのだ。むしろ、璃奈の抱える問題は、内側にある。そして、それは重大な問題だ。外がどれだけ変化しても、璃奈の内側にあるわだかまりが解消されない限り、璃奈は「変われない」。外側の世界へ出ていくことはできない。

 

わたしは、変われない

 表情には出ないが、璃奈は感情豊かな女の子だ。そして、璃奈はとても熱いパッションと、固い決意をもった女の子だ。

 愛にもらったチャンス。璃奈は「変わる」ために、努力を重ねた。

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決意は、固い。

璃奈「できないからやらないは、なしだから」 

  他のメンバーのPVにも生かされたように、情報処理学科所属の璃奈は動画編集などを得意としていて、自分のPVもその特技を生かしたものだった。

 一方、璃奈の課題はパフォーマンスだった。そして、それは来たるライブには必要不可欠なものだ。ライブを成功させるために。璃奈の特訓が始まる。その内容は、ダンス、発声、MCなどなど、多岐にわたった。璃奈は、どの練習も真剣だった。誰よりも努力して、特にダンスでは固かった体も柔らかくなるなど、着実な成長もみられた。

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大きさは違っても、それは「成長」だから。

 練習のなかで、璃奈は少しづつ殻も破っていったように見える。それまでは同好会の中でもいつも愛と一緒にいた璃奈だが、練習では愛がいないシーンも多くみられるようになった。愛・侑・歩夢を家に呼ぶと、璃奈は過去を話し、感謝を伝えた。それまでの璃奈とは、違う。新しい璃奈に変われたんだ、そう思えるし、璃奈自身も、そう思っていた。

 そして、璃奈は決意する。練習している璃奈たちを見つけた3人は、璃奈に新しいライブ告知動画の感想を伝える。

 璃奈「今のわたしなら......」

  結果は、失敗だった。窓に映った自分の顔をみた璃奈は、途端に話せなくなってしまった。トラウマは、克服できなかった。璃奈は、変われなかったのだ。

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璃奈は、変わっていなかった。

 すこし付け加えるなら、ここに愛がいなかったことも大きかった。愛がいれば、結果は変わったかもしれない。咄嗟に愛が、なにかフォローを入れてくれたかもしれない。エマや侑にも、もしかしたら同じようなことが期待できるかもしれない。

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こういう時とっさに声をかけるのは、むずかしい。

 しかし、その時一緒にいたのは、良くも悪くもまっすぐで、そして不器用なかすみとせつ菜だった。しかし、それは二人が悪いわけではない。むしろ、それは璃奈自身の抱える問題の根本はまだ何も解決していないことを示していた。璃奈の目標は、みんなと繋がること。そして、愛の力を借りずに、自分の力で相手に言葉を伝えること。しかし、今の璃奈にはそれが出来なかった。璃奈は、たしかに、変われていなかったのだ。

 

 

今はまだ、できなくてもいい

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それはまるで、目をそむけるかのように、閉められた。

 ドアは、蓋をするように閉められた。

 璃奈は、再び心を閉ざしてしまった。カーテンを閉めて、段ボールに隠れて。深く深く、殻にこもってしまったのだ。

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暗い殻のなかで。

 ライブ前日。璃奈は練習を休んでしまった。それでも、みんなは璃奈のライブを待っていた。9人の気持ちは、一緒だった。璃奈の家へと愛が駆けていくと、みんなそれに続いた。

 インターホンは、ドアの内側と外側を繫ぐ、唯一の手段だ。9人全てが画角にはいっているのもインパクトがあったろうが、璃奈のこころを動かしたのは、愛の真剣は表情と声だったかもしれない。

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ドアは、璃奈がひらいた。

 ドアは、璃奈によって開かれた。璃奈は、まだ完全に殻にこもってしまったわけではなかった。

 ドアを開けたみんなは、璃奈が見つけられなかった。声は、段ボールの中から聞こえてきた。

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段ボールは、まさに「殻」。

愛「りなりー?」

璃奈「ごめんね、勝手に休んで」

愛「ほんとだよ。心配したんだぞ。どうしたの?」 

  愛の口調には、真剣さとやさしさが同じくらいに介在している。それは、信じられないくらいのあたたかさだった。しかし同時に、逃げを許さない厳しさでもあった。愛は璃奈にまっすぐ向き合った。あとは、璃奈の返答を、心からの言葉を、待つだけだった。

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やさしく、厳しい。

 璃奈の返答は、いつもとは違ってスムーズに、段ボールのなかから静かな部屋へと響き渡った。

璃奈「こんなんじゃ、このままじゃ。わたしは、みんなとつながることなんでできないよ。ごめんなさい。」 

 それは、璃奈の心からの言葉だった。暗くて重くて、簡単に受け止めてはいけないような、そんな言葉。悲しくて、つらくて、情けない。そんな感情が、めいっぱい込められた言葉。でも、それはみんなにとって、はじめての璃奈の「感情」だった。これまでの璃奈は、「表情を出すことが苦手」なだけだったはずなのに、声からも、動きからも、感情が失われてしまっていた。だからこそ、みんなは璃奈の気持ちを受け取ることができなかったのだ。

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それは、重く、でも気持ちのこもった言葉。

 「変われなかった」。璃奈はまた、失敗を繰り返したと思っていた。璃奈はトラウマにとらわれ、再び殻にこもってしまった。

侑「ありがとう。璃奈ちゃんの気持ち、教えてくれて」

「私、璃奈ちゃんのライブ、見たいなあ。今はまだ、出来ないことがあっても、良いんじゃない?」

  璃奈を救ったのは、この言葉だった。璃奈は、「変わらなくちゃいけない」と思っていた。弱点を全て克服して、感情を完璧に伝えて、みんなと「つながりたい」。璃奈が真面目で、プロ意識が高くて、努力家だからこそ、璃奈に妥協するという選択肢はなくなってしまっていた。そして、それは「みんな」のことを人一倍思えば思うほど、璃奈を縛っていくのだった。

 ここで一番最初に璃奈に語り掛けるのが侑なのは、この言葉は、侑にしか言えない言葉だからだ。ステージに立つ人間は、いつだって「完璧」を求めている。同好会のメンバーは、全員そういう意識で練習して、ステージに立っている。そして、それは決してまちがったことではない。そういう意識で臨むから、ステージの上で彼女たちはどこまでも成長していけるのだ。

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璃奈を、待ってる。

 しかし、今璃奈の持っているそんな気持ちは、璃奈が羽ばたいていくための足枷となってしまっていた。それを解き放てるのは、ステージに上がらない「観客」である侑だけだ。そのままの璃奈でもいい。今はまだ、出来ないことがあっていい。この時の侑は、璃奈のファンの代表でもある。璃奈のファンは、決して「完璧」な璃奈のパフォーマンスじゃないと満足しないわけじゃない。今の璃奈を理解し、受け入れ、そして愛し、今か今かと璃奈がステージに立つ瞬間を待っているのだ。

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かすみには、かすみだけにしかないやさしさがある。

かすみ「 りな子。ダメなところも武器に変えるのが、一人前のアイドルだよ」

  かすみのこの言葉も、かすみにしか言えない言葉だ。例えば愛は、どちらかと言えば完璧なタイプだ。でも、かすみはそうじゃない。璃奈との練習シーンを思い返してみよう。かすみは、発声練習では璃奈よりはるかに苦戦していた。決して完璧な存在ではないし、璃奈が練習によって克服できたことでも、かすみはたくさんの「できないこと」を残している。でも、璃奈から見ればかすみは魅力的な存在だ。それは何より、かすみが感情表現に優れたアイドルだからだ。ニジガク2ndライブのパンフレットで、璃奈は「もし一日だけ誰かと入れ替われるとしたら、かすみちゃんになってみたい」と言っている。かすみは、璃奈に持っていないものを武器にしている。だからこそ、璃奈はかすみに憧れる。でも、かすみは璃奈と同じように、苦手なこと、出来ないことを抱えている。決して器用なタイプではないのだ。いわば、かすみは璃奈と正反対のような存在。そして、いつだってかすみは、璃奈に対して気をつかったり対応を変えたりすることはなかった。ここでも、かすみははっきり璃奈の苦手な部分を「ダメなところ」と言い切っている。一見思いやりが足りないように見えるが、そうじゃない。かすみはいつだって、璃奈を他の子と同じように、かすみらしく接してきた。そんなかすみの言葉だからこそ、璃奈の心を動かしたのだった。

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一緒に歩いて行ってくれる人たちも、璃奈にはいる。

愛「できないことは、できることでカバーすればいいってね。一緒に考えてみようよ」

歩夢「まだ時間あるし」

 璃奈は、また立ち上がるための勇気をもらった。それは、これまでとは違う勇気でもあった。自分の短所も受け入れて、抱きしめて、立ち上がる。璃奈は、段ボールを被ったまま立ち上がった。

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殻を脱ぎ捨てるのではなく、殻とともに立ち上がる。それは、璃奈が自分で見つけた答え。

 

段ボールと璃奈ちゃんボード

せつ菜「璃奈さんと こういうお話できたの、初めてですね」

  「表情を出すのが苦手」な璃奈が、言葉からも感情を失ってしまっていたことは、既に書いた。でも、それはどうしてだろうか。

 それは「自信」の問題なのだと思う。璃奈は、これまで表情によって相手に感情を伝えることができずに苦しんできた。積み重なる失敗は璃奈の自信を喪失させ、次第に失敗経験はトラウマとなり、璃奈は感情を相手に伝えようとすること自体が怖くなってしまっていた。そんな璃奈が「みんなとつながりたい」と思い立ったのがどれほど勇気が必要なことだったろうか。

 璃奈の顔に表情が無かったとしても、受け入れてくれるひとはそんなことを気にせずに受け入れてくれる。でも、それは璃奈自身の問題を解決することにはならない。璃奈には、無表情の自分で相手に向き合うこと、それ自体がつらいのだ。相手からどう見えているのか、常に心配で、不安になって、どうやって話せばいいかわからなくなってしまう。

 だから、段ボールの中では気にすることなく話すことができた。段ボールの中にいれば、璃奈は誰かに表情を見られることはない。自分が今相手にどうみられているのか、気にしなくていいのだ。少なくとも、璃奈は表情による「誤解」を心配する必要はない。

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璃奈は自分で、答えを見つけた。それは、璃奈にしか見つけられない答え。

璃奈「これだ!」 

  開発された璃奈ちゃんボードは、このときの段ボールの発展形だ。だから、璃奈ちゃんボードの主眼は、「璃奈の感情をボードで伝えること」ではない。璃奈が、素顔で誰かと向き合ったときに感じる「誤解されるかもしれない」という不安を解くための、おまじないのようなもの。言うなれば、服や眼鏡やイヤリングのような、一つのファッションアイテムなのだ。ボードに表情を描くのは、相手に璃奈の表情を伝えるためではない。璃奈自身の感情が表現できているという安心感を、璃奈自身に与えるためという方がいいかもしれない。璃奈ちゃんボードは、SNSのような璃奈の外側にあるコミュニケーションツールではない。それは、璃奈が誰かに対して心を開いて話すために、璃奈の気持ちを変えることができる、璃奈自身が身につけ、身につけているあいだは璃奈自身と一緒になる、そんなファッションアイテムなのである。

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ボードをつけていてもいなくても、璃奈は璃奈。そしてボード自体もまた、璃奈自身と同じなのだ。

 私たちはもちろん、璃奈ちゃんボードからも璃奈の感情を読み取ることができるかもしれないが、しかしそれに頼らなくても、璃奈の気持ちが分かるはずだ。璃奈ちゃんボードをつけた璃奈の声は、行動は、等身大の感情で満ち溢れている。璃奈の言葉ひとつ、歌声一つで、私たちは璃奈と「つながる」とことができるのだ。

 

Curtains

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「クラスメイト」から「友だち」へ。

 伝えたかった言葉は、「友だちになりたい」。

 璃奈は、気になる3人と友だちになりたいから、変わろうと思った。ライブをしたいと思った。努力した。壁にぶつかった。みんなと向き合って、乗り越えた。自分だけのカタチを、手に入れた。

 カバンから出す、スケッチブック。いくつもの夜を越えて、ようやく伝えられる、その言葉。

璃奈「うん、一緒に食べたい!」

 璃奈が、初めて自分で「友だち」とつながれた。そんな瞬間だった。

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これは、自分のダメなところまでもを抱きしめて生まれ変わった、新しい璃奈の、笑顔のカタチ。

 

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第7話より引用。

なお、当記事2章の「外の世界 中の世界」においては、1枚目の引用画像(キャプション:直面したのは、「外側」の世界。)はTVアニメ『ラブライブ!』((C)2013 プロジェクトラブライブ!)3話より、2枚目の引用画像(キャプション:それは、彼女たちの力になった。)はTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(©2017 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!)3話より引用した。