紡ぎ出せ福音。響かせよハーモニー。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会2ndライブレポート①

 その瞬間、QU4RTZは私たちの前に、天使の如く降臨した。

 

 QU4RTZの1stシングル『Sing & Smile』。ラブライブ!フェス開演前に流された試聴動画は、天啓の如きインパクトをもって脳内に響き渡った。

 

 奇しくも、その日はそれまでずっと見守ってきた大切な一曲に関して、CYaRon!の三人からはっきりとした答えを受け取った日でもあった。Aqoursは、ラブライブ!は、スクールアイドルの更にその先へ行く。可愛いだけでは、輝きだけでは満足したくない。この日の『夜空は何でも知ってるの?』は、必ずしも「CD音源」のようなパフォーマンスではなかった。彼女たちのパフォーマンスは、唯一無二で、他のどんな時間にも存在しえない、その瞬間だけのものだったからだ。

 そこには、「キャラを演じる」という、基本的かつ大切な部分だけでは収まらないような、強い意志を感じた。もう、ステージに立っているキャストは自明に高海千歌であり、渡辺曜であり、黒澤ルビィなのだ。それだけじゃ物足りない。もっともっと、先へ進みたい。千歌が、曜が、ルビィが、一人の「アーティスト」としてステージに立っているような、そんなパフォーマンスがしたい。ラブライブ!フェスの『夜空は何でも知ってるの?』は、これまでも進化を続けてきた彼女たちの一曲に対する、堂々とした宣言であった。

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 ※ラブライブ!フェスにおける『夜空は何でも知ってるの?』のパフォーマンスに関しては、上記記事を参照。

 

 

 そのDNAは、たしかに次代にも受け継がれた。ラブライブ!でも屈指の名盤『Sing & Smile!!』は、そんなラブライブ!フェスの翌月に発売となった。

 QU4RTZは、中須かすみ・天王寺璃奈・近江彼方・エマヴェルデの4人組ユニット。個性あふれる四人組が世に放ったのは、これまでラブライブ!の世界には全く存在しなかった、美しい「ハーモニー」を奏でる二曲だった。

 

 

 『Sing & Smile!!』は、QU4RTZがこれから目指していく「ハーモニー」とは何か、それを体現した曲だ。

 この曲では、全員が同じパートを歌う部分はかなり少なくなっている。重層的なハーモニーは、四人ひとりひとりの声が欠かせない楽器となって、一つの音を作り出す。ソロパートは、それぞれの声を活かしながら、しかし一つの「音」を生みだしてゆく。決して個性は殺していないが、それぞれの声の特徴を生かしつつ「楽器」として機能している。計算し尽くされたような音の重なり合いは、美しい一つの周波数となって私たちに届く。「音楽」として完成されている、それが『Sing & Smile!!』の最大の魅力である。

 

 これまでのラブライブ!の曲は、個性のぶつかり合いだった。9人の持つ9色は、同じ力でぶつかり合って、1つの骨太なメロディーを作り出していた。「みんなちがってみんないい」。そんなアイドルらしい魅力を、ラブライブ!は存分に持ち合わせていた。

 しかし、『Sing & Smile!!』は違う。個性の違う4人が集まっても、奏でるのはひとつのメロディーだ。それぞれの個性は、ぶつからない。決して声を合わせているわけではない。むしろお互いを認め合って、それぞれの魅力を引き出す形で、一つの美しいハーモニーを生み出す。まったく新しいラブライブ!の曲が、ここに誕生したのだ。

 

 この「個性がぶつからない」というのは、グループではなくソロ活動をメインに活動する虹ヶ咲の方針そのものであり、その結果がまるで反対のような美しいハーモニーを生んでいるということは。不思議な奇跡である。

「重なりあった奇跡が

 空を渡って 星になって

 届けるんだ ハーモニー」

 まさに『Sing & Smile!!』は、彼女たちの奏でるハーモニーは、「重なり合ったひとつ奇跡」なのである。それぞれの音は同じでなくてもいい。違う音を重ねあうだけで、これだけ美しくなめらかな一つのメロディーが生み出される。

 

 『Sing & Smile!!』を歌うQU4RTZに対する私のイメージは、聖歌隊、あるいは、結婚式のフラワーガールである。ドレスに身を包んだ彼女たちは、私たちに「合唱」で、ハーモニーで幸福を届ける。彼女たちは紡ぎ出すメロディーは、私たちにとっては「福音」そのものである。 いつでも、どこにいても、どんな時でも、QU4RTZの奏でるハーモニーは、優しく私たちに寄り添ってくれる。心に沁みわたるような優しく美しい歌声に秘められた治癒能力は、計り知れない。

「明日もハレルヤ 歌おう!」

 「ハレルヤ」は、キリスト教で賛美を表す祈りの言葉。これまでの、ラブライブ!の切り拓くような力ではなく、祈りの力をもって、私たちを癒してくれる。それがQU4RTZというユニットなのである。

 

 

 B面に収録される『Beautiful Moonlight』は、さらにラブライブ!の世界観を大きく切り開く一曲である。

 一言で言えば、「上質なシティ・ポップ」。作りこまれたメロディ―は、その小節のすみずみにわたるまで、こだわりぬかれている。中でもドラムは逸品で、メロディーを聴いているだけで簡単に惹きこまれてしまう。

 これだけ凝ったメロディーに、美しいQU4RTZのハーモニーはいとも簡単に馴染んでいる。甘くて、甘くて、少しほろ苦い歌詞は、QU4RTZのハーモニーにこの上なくぴったりである。多用される英語は、少し背伸びをした恋を不器用に彩る。

 

 なによりこの曲は、『夜空はなんでも知ってるの?』に対置される存在である。

 『Beautiful Moonlight』は「上質なシティ・ポップ」であると、先ほど紹介した。「シティ・ポップ」はもう死語であると言うが、やはりこの曲を紹介するにはこれ以上相応しい概念は思いつかない。シティ・ポップとは都会の洗練された音楽であり、背伸びをしたお洒落さも、きらめく街に内在する孤独感も、お台場を舞台とする虹ヶ咲の「夜」を見事に切り取っている。星の少ない都会の夜空。主役は満月である。

 一方で『夜空はなんでも知ってるの?』で切り取られているのは、内浦の、Aqoursの見上げる星空である。『夜空はなんでも知ってるの?』には、背伸びはない。等身大の歌詞である。描かれるのが恋ではなく友情であることも、『Beautiful Moonlight』と見事に対極をなしている。

 しかし、この対極的な2曲は、確かに一つのDNAを受け継いでいる。それは、「ステージでのパフォーマンスでオーディエンスを魅せる」という、アーティストとしてのスクールアイドル。ラブライブ!が挑む新たな地平線だ。

 確かに、ストーリーによって積み重なった感動と、それからその感動から力をもらった「みんな」に支えられたステージは、スクールアイドルの大きな魅力だ。しかし、彼女たちは、たしかに独り立ちを目指している。自分の力でステージに立つ。『夜空は何でも知ってるの?』を披露するごとに、CYaRon!たちがアップデートしてきた夢は、確かにQU4RTZに受け継がれている。そして、『Beautiful Moonlight』は、彼女たちが羽ばたいていくための、両翼にこれ以上なく相応しい一曲なのだ。

 

 

 そして、彼女たちの初めてのステージを迎えた。

 軽快でお洒落な、QU4RTZらしいBGMにのせて、彼女たちはステージへ現れた。

 ジャケットと同じドレスに身を包んだ4人。『Sing & Smile!!』は、まさにイメージ通りのパフォーマンスだった。花であふれたステージ。マイクスタンドを前にした彼女たちは、まさに教会で歌っているかのようだった。ブランコを使った演出もまた、彼女たちのイメージぴったりだった。

 なにより、「ハーモニー」にこだわったということが、これからのQU4RTZが目指す場所をはっきり確認できた気持ちだった。彼女たちは、決して見事なダンスを踊ったわけではなかった。それは、彼女たちが一番届けたいのは「声」、そしてその「ハーモニー」だからだ。そして、彼女たちは「ハーモニー」に対して手を抜かなかった。口許を見ることができるライブにおいて、『Sing & Smile!!』のパート分けの複雑さは際立っていた。同じパートの声が重なっていた方が、見栄えをよいものにすることは容易である。声量も大きくなるし、こまかなミスは目立ちにくくなる。反面、全員が違うパートを歌うのは、難しい。どれか一つの声が欠けてしまえば、それはその時点で不完全なものになってしまう。しかし、ライブパフォーマンスにおいても、『Sing & Smile!!』はしっかりとハモリを再現していた。いや違う。再現していたのではない。CD音源を超えるハーモニーを目指していた。ライブとはいえ、今は様々な小細工ができる。ある程度のハモリは、エフェクトで済ましてしまってもよかったのかもしれない。しかし、今回のステージでのパフォーマンスはそうではなかった。

 特に近江彼方役・鬼頭明里さんの低音に驚かされた人は多かったと思う。イントロから最初のハモリ。この時点で、CD音源とは違った。CD音源以上に魅力的といってもよかった。この瞬間にしか聴けないハーモニーだった。4人は、それぞれのパートを、それぞれの音程で、そしてそれを重ねあうことで、『Sing & Smile!!』のハーモニをリアルタイムで奏でていたのだ。

 あえて厳しいことを言えば、まだまだハーモニーに物足りない部分はあった。しかし、これは高い期待故の言葉だ。彼女たちの技術は、声は、素晴らしい。それは、もうCD音源を聴いた時点ではっきりわかっている。だからこそ、彼女たちにはもっともっと、美しいハーモニーが奏でられるはずだ。アコースティックの演奏にのせてみたらどうだろう。アカペラで歌ってみても面白いんじゃないか。彼女たちの『Sing & Smile!!』は、実力でまっすぐ「ハーモニー」に向き合ったからこそ、無限の可能性を感じるパフォーマンスになったのだ。

 

 

 惚れ惚れするほどかっこいいドラムのイントロ。瞬くライト。お洒落にカットインする「QU4RTZ」と『Beautiful Moonlight』の文字。

 痺れた。ステージのすべてにくぎ付けになった。カメラワークがどうしてもステージ全体を映せないことが、今ステージの前で総立ちになっていないことが、これほどまでにもどかしく、悔しい瞬間はこのライブのなかで存在しなかったかもしれない。

 『Sing & Smile!!』のイメージからは、完全に一転した。アンニュイな表情。最初につまづいてしまった相良茉優さんには、この方向性の感情に身を任せるのは難しかったかもしれない。しかし、彼女たちには、少しも妥協はなかった。泣いているようにすら見えた。声が出ないこともあった。しかし、ごまかさなかった。逃げなかった。甘い恋が秘める苦さ。幸せな恋の裏の孤独。少女の抱える不安が、そのままステージにあった。真に迫った表情。惹きこまれた。

 振り付けも見事だった。曲の世界観と完全に一致する優雅で美しい振り付け。サビの振り付けは、シンプルでありながらメロディーときれいに重なり、そして踊り子のような動きは夜の雰囲気にこの上なく相応しいものだった。一方で、AメロやBメロでは振り付けはシンプルに、感情をそのまま体にアウトプットしているような自然な動きになっているところも素晴らしかった。まさに「不安を綺麗に歌いあげる」この曲の魅力を、最大限に引き出していた。

 彼女たちのパフォーマンスを表すなら、それは「かわいい」ではなく「美しい」だった。額縁に入った一枚の絵のような、あるいは映画のワンシーンをそのまま切り取ってきたような、すみずみまで行き渡った美しさがそこにはあった。そして、それは一つの妥協もなかった。メロディ―。歌声。表情。ダンス。光。そして背景の映像。すべてがステージを彩った。そう、これは「芸術」だ。QU4RTZのステージはひとつの芸術作品なのだ。もし、このステージを会場で見ていたなら、ペンライトなど動かしている余裕はなかったに違いない。ステージの一瞬一瞬が、ひとつひとつの表情が、私たちの目を奪って離さない。そんなライブだった。

 

 

 しかし、これはまだ完成形ではない。QU4RTZの物語は、彼女たちが描く美しい絵画は、いま書き始められたのだ。

 これから、彼女たちはさらなる困難に立ちむかうに違いない。さらには、自らが定めたたくさんのハードルに挑んでいくことになるのであろう。

 それを乗り越えるたびに、彼女たちの描く色には、奏でるハーモニーには、深みが加わっていくはずだ。CYaRon!がそうだった。同じパフォーマンスは二度とない。必ず、彼女たちは最高を更新していく。これから、もっともっと魅力的な曲をもらうこともあるだろう。新たなステージに進むこともあるだろう。

 しかし、『Sing & Smile!!』と『Beautiful Moonlight』は、必ず歌い継がれていく。それは、これが彼女たちの原点だからだ。CYaRon!にとっての『夜空は何でも知ってるの?』がそうだった。彼女たちは、1stライブから、長い時間をかけて、曲を育ててきたのだ。CYaRon!の3人が成長するたびに、曲は魅力を、輝きを増していった。同じようにこの2曲も、大切に歌い継がれて欲しい。そして、QU4RTZの4人が目指すパフォーマンスに、一歩一歩進んでいって欲しいのだ。

 そのために、私たちができることは一つしかない。それは、彼女たちにその機会を少しでも多く用意することだ。そして、それを最後まで見届けることだ。これから、彼女たちにはもっと大きな世界を見せてあげたい。もっと素敵な景色を見せてあげたい。彼女が輝きを増すなら、私たちもこれに応えていかなくてはならない。

 そして何よりも、最後まで見届ける必要がある。QU4RTZの物語は今始まった。努力を惜しまない彼女たちの成長は止まらない。一瞬たりとも、見逃すことは許されない。QU4RTZの物語を目撃するのは、それを伝えていくのは、彼女たちのステージを彩ることができるのは、私たちの「好き」という気持ちだけなのである。

 

 

 次のQU4RTZのステージは、もし叶うならば、絶対にこの目で、生で、見届けたい。声を、いや声にならないかもしれない想いを、確かに彼女たちに届けたい。そう誓い、祈った。そんな夜だった。QU4RTZは絶対に、スクールアイドルにとって伝説になる。私たちはいまから、その目撃者になるのだ。