無敵級*アクトレス TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #8 「しずく、モノクローム」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #8 「しずく、モノクローム

 

無敵級*アクトレス

 

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

 

↓第7話の記事はこちら

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

プロローグ

 お久しぶりです。こばとんです。

 アニガサキの視聴レポートは2話以来、答えを出していくのではなく、自分なりに「物語」を再構成するような形で書いてきました。うまくいったところ、いかなかったところ。いろいろあると思いますが、今回は少し力を抜いて、より感覚的にお話していこうと思います。せっかくだし「仮面を外して」ね。よろしくお願いします。

 8話はしずくちゃんの担当回でした。第1話で部長の存在が示され、またなかなかに男性的なキャラクターで描かれたこともあって、いろんな想像(妄想?)が各人の心のなかにあったと思います。スクールアイドルと、演劇。それを天秤にかけるような、そんな話かな、なんて想像も......。

 でも、実際は違いました。

 個人的な印象ですが、アニガサキはとにかく「自分の中の問題」を描いていく物語だと思っています。それぞれの問題は、それぞれの中にある。それは誰かが外側から何かをしてあげれば途端に雲散霧消するような、そういう問題ではないんですよね。だからこそ、パーソナルスペースを維持しながら、そっと寄り添う。時に背中を押して、時に話を聞いて、そうやって隣にいることで、自分で答えを見つけていける。みんなが違う夢を目指しているけれど、でも同好会のみんなが必要。そんな物語かなあって。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161841p:plain

主役を、かならず取り返す。

 そして、8話でしずくちゃんが向き合うのも、自分の問題。失った主役を取り返すために、あがいてもがく、そんな演劇が大好きな桜坂しずくの物語......。さあ、さっそく物語のページをめくっていきましょう。

 

特別な人

 第6話のレポートで、私はこんなことを書いていました。

出会ったときから、表情がなくとも、璃奈の気持ちを正確に把握できた愛。愛はまさに璃奈にとって、唯一無二の特別な存在だった。別に、愛が人の気持ちを読み取れる特別な能力を持っているとか、そういうことではない。これができる人は、璃奈にとって愛しかいない。璃奈にとって愛は「特別な人」なのだ。

向き合う顔が、笑顔なら TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #6 「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」 - こばとんの徒然日記

  「特別な人」。璃奈ちゃんを新しい世界に導いてくれたのは、表情がなくとも璃奈の気持ちを完璧に理解してくれる愛ちゃんでした。愛ちゃんは翻訳者として、璃奈ちゃんの感情を受け止め、理解し、翻訳して、璃奈ちゃんの背中を押して外の世界へと連れ出してくれたのでした。そして、第6話では、そんな璃奈ちゃんが愛ちゃんがいない場所で、はじめて「友だち」を作る。そんな璃奈ちゃんの自立のお話だったわけです。

 8話におけるしずくとかすみの関係は、まさにこの「特別な人」なのだと思います。しずくちゃんにとってのかすみちゃんは、璃奈ちゃんにとっての愛ちゃん。その証拠は、8話の前半に散らばっています。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161818p:plain

かすみちゃんは、すぐしずくちゃんの異変に気付く。

 演劇の自主練をしながらどこか落ち込むしずくちゃんに、かすみちゃんは違和感を覚えます。「しず子がおかしい」。そう思ったかすみちゃんは、じっとしずくちゃんを観察しています。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161714p:plain

しずくちゃんのこの表情も、きづいたのはかすみちゃんだけ。

 演劇部の話になった途端に、怯んだような表情をみせるしずくちゃん。かすみちゃんを除く8人には、しずくちゃんの異変に気付く感じはありません。

璃奈「しずくちゃんの様子がおかしい......?」

かすみ「うん。なんかね、いつものしず子よりも、しゅーんって感じで......」

璃奈「うーん。そうだったような、そうじゃなかったような......」

  璃奈ちゃんもまた、しずくちゃんの様子がおかしいことに確証はないようでした。結果的には色葉、今日子、浅希の三人から降板の話を聞いて、かすみちゃんの違和感は確証に変わるのです。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161917p:plain

かすみちゃんの勘は、確証に変わる。

 かすみちゃんだけがしずくちゃんの異変に気付くことができるのは、かすみちゃんがしずくちゃんの「特別な人」だからです。どうしてその人が自分にとって「特別」なのか、それに理由はありません。もし突き詰めればなにか理由がわかるかもしれませんが、大切なのは理由ではなく、その人が「特別な人」であるということです。そして、「特別な人」は、誰よりも「大切な人」でもあります。

璃奈「私の時は、愛さんが、ぐいって引っ張ってくれた。みんなが、励ましてくれた。だから、ライブができた。私には、愛さんがいた、しずくちゃんには.......」

かすみ「私、行ってくる!」 

  寄り添うことは、理解してあげることは、出来る。でも、内面にまで踏み込むことは、言葉を越えた想いを伝えることは、「特別な人」にしかできない。しずくちゃんを引っ張ってあげられる人は、かすみちゃんしかいなかったのです。

 

それぞれの仮面

  「仮面」。それは、8話のキーワードでもあり、また1年生のキーワードでもあります。

 しずくちゃんは、昔の映画や演劇が好きという趣味が周りから、「変な子」と思われたり、嫌われないために、いい子を演じてきた。本当の自分を隠していたのです。「いい子」の仮面をかぶり、演じ続ける。それが、桜坂しずくという女の子でした。

 ところで一概に仮面といってもわかりにくいものです。イメージをはっきりさせるために、仮面を辞書で引いてみましょう。

かめん【仮面】

①木・土・紙などで種々の顔の形に作り、顔にかぶるもの。宗教儀礼や演劇・余興に用いる。めん。めんも。

②比喩的に、正体や本心を隠すみせかけのもの。「ーをはぎ取る」

           出典:『広辞苑 第六版』 岩波書店 2008

 璃奈ちゃんのつける仮面と、しずくちゃんのつける仮面。それはどちらも仮面なれど、その意味は違います。

 璃奈ちゃんのつける璃奈ちゃんボードは、①の意味での仮面です。一見璃奈ちゃんボードは、自分の本心を隠したいとか、そういった外向きの感情に関連するものに見えますが、そうではありません。6話の記事で、私は璃奈ちゃんボードをこう説明しました。

開発された璃奈ちゃんボードは、このときの段ボールの発展形だ。だから、璃奈ちゃんボードの主眼は、「璃奈の感情をボードで伝えること」ではない。璃奈が、素顔で誰かと向き合ったときに感じる「誤解されるかもしれない」という不安を解くための、おまじないのようなもの。言うなれば、服や眼鏡やイヤリングのような、一つのファッションアイテムなのだ。ボードに表情を描くのは、相手に璃奈の表情を伝えるためではない。璃奈自身の感情が表現できているという安心感を、璃奈自身に与えるためという方がいいかもしれない。璃奈ちゃんボードは、SNSのような璃奈の外側にあるコミュニケーションツールではない。それは、璃奈が誰かに対して心を開いて話すために、璃奈の気持ちを変えることができる、璃奈自身が身につけ、身につけているあいだは璃奈自身と一緒になる、そんなファッションアイテムなのである。

向き合う顔が、笑顔なら TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #6 「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」 - こばとんの徒然日記

 璃奈ちゃんが開発した璃奈ちゃんボードは、璃奈ちゃんが自分の表情を気にすることなく、相手とコミュニケーションを円滑に取ることができるための、「顔にかぶるもの」としての仮面です。そこには、「隠す」といったネガティブな意味は一切含まれていません。

 一方でしずくちゃんが被っている仮面は、②の意味での仮面です。しずくちゃんは、相手から本当の自分を隠すためにいい子の仮面を被りました。そして、それはしずくちゃんにとってネガティブな仮面でした。それは、しずくちゃん自身が(正確には劇中劇で)話している通りです。

黒しずく「私の歌は誰にも届かない。子どもの頃のこと、覚えてる?みんなと少しだけ違う。ただそれだけのことだったけど、わたしはいつも不安だった。誰かに変な子って思われたら、嫌われたらどうしよう。 いつもそんな風におびえていた。だから、本当の自分を隠すようになった。そしたら、すごく楽になれた。あの日からずっと、私は嘘の私のまま。自分を偽っている人の歌が、誰かに届くわけがない。そうでしょ?」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161704p:plain

舞台上での白しずくと黒しずくには、身長差がある。

 8話における劇中劇をどう捉えるのか、それはすごく難しい問題だと思います。少なくとも、この劇中劇は唐突に白しずくと黒しずくの対話によって開始され、最初はあきらかにしずくちゃんの脳内として描かれつつも、最終的には藤黄学園との合同演劇祭での公演『荒野の雨』へと地続きに繋がっていきます。私は演劇に関して全くの門外漢ですし、それについては既に様々な記事で刮目するような考察がたくさん上がっているようですから、いまさらどうこう言うつもりはありません。しかし、やはり合同演劇祭以前のシーンは、演劇としての『荒野の雨』ではなくしずくの脳内での物語だと思うのです。あるいは、『荒野の雨』の脚本が、しずくちゃんの心の中に抱える問題と同期したのかもしれません。舞台上での黒しずくが部長が演じるもので、身長など細かな部分に違いがあります。一方、それ以前のしずくは、完全に同一なのです。こうやって丁寧に解決させるところがいかにもアニガサキって感じがするよね。

 とすれば、劇中劇内でのしずくちゃんの発言、とくに黒しずくの発言は、しずくちゃんの本心であるということになります。少し丁寧に、黒しずくの言うことに耳を傾けてみましょう。

 引用したシーン。しずくちゃんがどうして仮面を被っているのかが明らかになるわけですが、ここでは明らかに(少なくとも「荒野の雨」を前に主役降板の危機に直面するしずくちゃんが。このあたり、スクスタのストーリーとの整合性を考えるのはちょっと難しいよね)仮面を被る自分を、自分自身で好意的に捉えてはいないことが分かります。つまり、しずくちゃんにとって「いい子の仮面」はネガティブなものなのです。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161934p:plain

「仮面」は、しずくちゃんにとってはポジティブなものではありませんでした。

 もう一つ気になるのは「楽になった」という言葉、この言葉、かすみちゃんとの教室でのシーンでしずくちゃんが本心を話すときにも言っています。「楽になった」ということは、それ自体は決して悪いことじゃないと思います。あんまり気を張ってばかりいても、いつか人間切れてしまいます。だから、時々息を抜いて、「楽になる」ことはすごく大事です。

 でも、しずくちゃんはむしろ仮面を被ったことで辛くなってしまっています。それは「楽になった」ことが、本質的には「逃げてしまった」ことを指しているからだと思います。逃げてばかりいても、問題は解決しません。ずっと頑張る必要はありませんが、問題をいつまでも放置するわけにもいかないのが人間です。追い詰められたしずくちゃんは、自分にとってネガティブな仮面を外す決意をする必要があったのです。ポジティブな仮面をつけることで自分を表現する璃奈ちゃんと、ネガティブな仮面を外さなくては自分を表現できないしずくちゃん。この対比、すごく面白いですよね。

 

「大好き」を大切に。「逃げ」ることには厳しく。

 8話最大の見せ場は何と言っても教室のシーンでしょう。しずかす推しとしてはあまりに甘く、ほろ苦く、他の味がわからなくなるくらい濃密なシーンなのですが、このシーンでのかすみちゃんはしずくちゃんに対して少し厳しく、それが少し引っかかってしまった人もいるでしょう。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161807p:plain

「雷鳴」

かすみ「なーに、甘っちょろいこと言ってんだー!」

 かすみちゃんが拳を振り上げて、しずくちゃんの額の寸前で止めて、最後はデコピンをするシーン。これまでのラブライブでは、がっつり叩かれていたので、ここもやっぱりアニガサキだなあ、と強く感じるシーンなのですが、なぜここまでかすみちゃんはしずくちゃんに対して厳しく接したのでしょうか。

 それは「大好き」を大切にしながら、「逃げ」は許さない。そんな同好会メンバーのお互いに対する姿勢があると思うのです。

 もうここまで2回も6話の話をしていて、6話好きすぎかよって感じなのですが(いや6話大好きだけどね?)、再び6話に戻ってみましょう。

 璃奈ちゃんが色葉、今日子、浅希の三人と上手く話せず、翌日の練習を休んでしまった時。メンバーは璃奈ちゃんの家へと駆け付けます。

 段ボールの中にいる璃奈ちゃんに対して、愛ちゃんはこう話しかけたのでした。

璃奈「ごめんね、勝手にやすんで」

愛「ほんとだよ、心配したんだぞ。どうしたの?」

 愛ちゃんは、「璃奈ちゃんが勝手に練習を休んだ」ということに対しては、優しい言葉をかけません。それは、自分のライブの前日に無断で練習を欠席する、ということは、明らかに倫理的に良くない「逃げ」だからです。他人の「大好き」を否定しないのも同好会メンバーですが、きちんとダメなところはダメと伝える、それが同好会の人間関係です。その後の璃奈ちゃんの告白に対しては、同好会のメンバーたちはまっすぐ向き合います。璃奈ちゃんが自分と向き合おうとすることには、同好会メンバーは優しくそっと寄り添うのです。

 しずくちゃんの場合、自分が嫌だと思っている仮面を外すことを怖がるのは「逃げ」です。なぜなら、それはしずくちゃんが必ず向き合わなくてはいけない問題だからです。「大好きな歌を届けたい」。いまそれがしずくちゃんが望むことなのだとしたら、しずくちゃんがいつまでも仮面を外せずにいるのは、「大好き」とは矛盾する行為です。だからこそ、かすみちゃんはしずくちゃんに厳しく接したわけです。愛ちゃんが璃奈ちゃんに、かすみちゃんがしずくちゃんに、そんな対応を取ることができるのも、二人の信頼関係が確固としたもので、そして彼女たちにとって「特別な人」だからです。

 

Super Perfect Believer

 しずくちゃんの回で、かすみちゃんの話を沢山するのもなんですが......。

 教室でのシーンのかすみちゃん、めちゃくちゃかすみちゃんって感じですよね!大好きです!

 璃奈ちゃんに「特別な人」の話をされて、決意したかすみちゃんはしずくちゃんを見つけ出します。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161927p:plain

すぐにはしずくちゃんを真っ直ぐ見れないのも、いかにもかすみちゃんらしい。

しずく「どうしたの?」

かすみ「どうって、そりゃあ......。

昨日、変な感じで別れちゃったじゃん?だから、どうしてるかなって」 

 愛ちゃんは真っ直ぐな子だから、璃奈ちゃんにいつも真っ直ぐ言葉をかけているけど、かすみちゃんはむしろ素直じゃなくて、そしてどうしようもなく不器用なんですよね。最初は強引にしずくちゃんを拘束して、遊びに連れ出して。しずくちゃんを笑顔にさせようと頑張るところは涙が出るほど友だち想いで好きなんですけど、最後にオーディションのことを口に出しちゃって、結局しずくちゃんは「変な感じ」で帰っちゃう。しずくちゃんに笑顔を取り戻させるための企画としては、最後のあれで台無しだったわけです。でも、それがかすみちゃんなんですよね。素直で器用だったら、それはもうかすみちゃんじゃないんです。それに、不器用で素直じゃないからこそ効果的に伝わることもあって......。愛ちゃんやエマちゃんならもっとうまくやれたかもしれないけど、でもしずくちゃんにはかすみちゃんじゃなきゃいけないわけです(実際、このシーンの裏ではエマちゃんを中心にして首飾りを作っているわけで、みんなしずくちゃんのことを考えてるんですよね。それでも、しずくちゃんを引っ張ってあげられるのは、かすみちゃんだけなんだなあ、って、いいよね)。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202162058p:plain

つながってる。

 いざ、しずくちゃんの目の前に来ても、言葉を濁してしまうかすみちゃん。かすみちゃんがどうして素直じゃないかと言えば、そこにはもう一つの仮面があるわけです。

 かすみちゃんが被っているのは「かわいいかすみん」の仮面。それは、璃奈ちゃんとも、しずくちゃんとも、また違う仮面だと思います。

とにかく、「可愛さを演じる」という点では、中須かすみという女の子に隙は無い。「猫を被る」といっても、全方向に向かって猫を被っているのだからすごい。とにかく徹底している。いつどこを切り取っても、かすみちゃんは「可愛い」。

『無敵級*ビリーバー』と、かすみの鏡の向こう側 - こばとんの徒然日記

  猫を被るアイドル、それが中須かすみちゃんだと私は思います。かすみちゃんはいつだって、「かわいいかすみん」を演じている。そして、かすみちゃんは絶対に素を見せない。「かわいいかすみん」の仮面が100%かすみちゃんを覆いかぶさった瞬間が、かすみちゃんの追い求める「かわいい」が達成された瞬間でしょう。仮面をつけて想いを伝えるのが璃奈ちゃん、仮面を外して想いを伝えようとするのがしずくちゃんなら、仮面と完全に同一になることを目指しているのがかすみちゃんなのです。

「可愛いものが好き」なかすみちゃんは、自分の周りを「可愛いもの」で覆い尽くすことによって、自身をかわいく見せている。かすみちゃんは、それを自分の唯一の拠り所だと信じ、頑なにその場所を守り続けている。しかし、かすみちゃんは未だ「自分自身のほんとうのかわいさ」には気づいていないのだ。この、ちょっとしたことで壊れてしまいそうな危うい自我と、それを覆い尽くす完璧で隙のない「かわいいかすみん」の二面性こそが、中須かすみというアイドルそのものなのである。

『無敵級*ビリーバー』と、かすみの鏡の向こう側 - こばとんの徒然日記

  かすみちゃんは、自分自身の「かわいさ」を信じていません。だからこそ、努力を続けます。「かわいい」で自分を彩り続けるのです。自分自身を信じられなくても、「かわいい」に向かって健気に努力を重ねて、完璧な「かわいい」を演じる。そんな仮面のことを誰よりも信じ、愛しているのがかすみちゃんなのです。根底にある自分自身への自信のなさ、昔からのコンプレックスやトラウマは、璃奈ちゃんも、かすみちゃんも、しずくちゃんも、そして形は違えど仮面を被っていることは、同じです。

 では、かすみちゃんとしずくちゃんの違いはどこにあるのでしょうか。それは「仮面を被ろうと被るまいと、自分を信じて、好きでいられるか」というところにあると思うのです。璃奈ちゃんが璃奈ちゃんボードという仮面を被ることは決してネガティブなことではないということは、既に書いた通りです。同じように、かすみちゃんにとっても仮面を被っていることは決してネガティブなことではありません。それは、かすみちゃんが完璧に仮面を被った自分を信じ、愛することができているからです。逃げるために仮面を被り、自己嫌悪に陥ってしまったしずくちゃんとの違いは、ここにあります。

 しずくちゃんをデコピンしたあとのかすみちゃんは、こう切り出します。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161741p:plain

「私」なかすみちゃんの、心からの言葉。

かすみ「嫌われるかもしれないからなんだ。かすみんだって、こーんなにかわいいのに、褒めてくれない人がたくさんいるんだよ?しず子だって、かすみんのことかわいいっていってくれたことないよね?しず子はどう思ってるの?」

 ちょっと唐突にも思えるかすみちゃんのこのセリフ。しかし、かすみちゃんの被っている仮面とその経緯を考えれば、かすみちゃんの言いたいことが見えてきます。かすみちゃんは誰かが「かわいい」と言ってくれなくても、それでも自分は「かわいい」と信じ続けるのです。自分で自分のことを嫌いになってしまったら、もうそれ以上好きになってくれる人も、好きになれる人も、いなくなってしまいます。だからこそ、これだけかすみちゃんに詰め寄られても、仮面を被る自分を嫌い続けるしずくちゃんの答えは自信なさげです。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161736p:plain

人は目を泳がせる時、嘘をついているとも言いますよね。

しずく「か、かわいいんじゃないかな.......?」

 「かわいいよ」とまっすぐ言えないことが、今のしずくちゃんを表しているような気がします。侑ちゃんだったらまっすぐ「かわいいよ」って言って、かえってかすみちゃんの方が恥ずかしくなっていそうですよね。自分を信じることが出来なければ、自分の感情も、言葉も、全て信じることのできない偽物になってしまいかねません。だからこそ、かすみちゃんは次のセリフをぶつけます。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161721p:plain

私は、桜坂しずくのこと、大好きだから!

かすみ「もしかしたら!しず子のこと好きじゃないって言う人もいるかもしれないけど、私は、桜坂しずくのこと、大好きだから!」

  ほんとうは、かすみちゃんだって自分の弱さから仮面を被っているのです。だから、こうやってしずくちゃんに「大好き」と伝えることだって、勇気と、覚悟をもって、恥ずかしさを押し殺して、言っているはずです。かすみちゃんの成長に涙が止まりません......。

 さて、ここでかすみちゃんは一人称「私」を使っています。普段のかすみちゃんの一人称が「かすみん」であることは説明不要かと思いますが、それは「かわいいかすみん」の一人称です。かすみちゃんはこれまでも、毎日劇場などで時折「私」という一人称を使っています。

想像以上にかわいくなった自分に驚いたかすみは、一瞬素の姿を見せたのである。「私」。学園や同好会での一人称は「かすみん」だが、それがある意味では「作られたキャラクター」であることの、これがひとつの証左であろう。ところで、ここで見せたかすみの素顔は、キズナエピソード18話での「追い込まれたかすみ」の素顔とは、質が違うものだと思う。かすみが、取り繕わずに「私」として我々に向き合ってくる瞬間がいつになるのだろうか。いつか来るのだと、今は信じていたい。

ニジガクカウントダウンウィーク! #2 Margaret - こばとんの徒然日記

  「私」は、計算していないかすみちゃんの一人称、つまり、かすみちゃんが被る仮面の下の、素のかすみちゃんの一人称です。ここで、かすみちゃんは仮面を脱いで、素のかすみちゃんとしてしずくちゃんに真っ直ぐ「大好き」だということで、本心から真っ直ぐ言葉を届けようとしました。かすみちゃんが勇気をだして、こころから「大好き」と言えるのは(それも実際はギリギリなところなんですけど)、かすみちゃんが最後は自分のことを信じているからだと思うのです。そこが、かすみちゃんとしずくちゃんの違いです。

 ここでのかすみちゃんの言葉は、かすみちゃんの背中を押してくれた璃奈ちゃんと、それから陰ながらしずくちゃんのために応援しているみんなの想いを乗せている部分もあるような気がします。仮面という視点でみるなら、かすみちゃんの背中を押すとき、璃奈ちゃんは璃奈ちゃんボードという仮面をつけて心をつたえているんですよね。それは、璃奈ちゃんボードをつけることが璃奈ちゃんにとっては本心を伝えるのに適した手段だからです。かすみちゃんにとっては、かわいいかすみんの仮面を脱いで見せることが、本心を伝える手段なわけです。どこまでも1年生の仮面がそれぞれに対比されているのは、ほんとうに面白いですよね。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161903p:plain

「仮面」で本心を伝えるのが、璃奈ちゃんのカタチ

 「信じること」。それは、今自分をさらけ出すために、しずくちゃんに求められていることです。そして「信じる」ことにおいては、かすみちゃんはしずくちゃんの先輩です。

かすみちゃんの最大の魅力は、武器は、一番誰にも負けないところは、「信じること」だ。

『無敵級*ビリーバー』と、かすみの鏡の向こう側 - こばとんの徒然日記

  『無敵級*ビリーバー』であるかすみちゃんの最大の武器は、「かわいいかすみん」を信じることです。かすみちゃんもまた、きっと自分自信にコンプレックスやトラウマを抱えているのです。だから、仮面をかぶる。それでも、かすみちゃんは、仮面を被った自分を誰よりも信じることができる。だからこそ、彼女は心折れることなく、「かわいい」に向かって努力を続けることができます。

かすみ「だから、心配しなくても.......」

  この後に続く言葉は何でしょうか。きっと、かすみちゃんが言いたいことはこうじゃないでしょうか。

 「かすみんのことは誰もかわいいって言ってくれないけど、それでも自分を信じて、自分の追及する「かわいい」を目指して頑張ってる。誰かがしず子のことを嫌いだと言ったとしても、少なくとも私は、桜坂しずくのことが大好き。一人でも好きって言ってくれる人がいるんだから、きっと大丈夫。心配しなくても、素の桜坂しずくは魅力的だし、好きって言ってくれる人もたくさんいるんじゃないかな。だから、しずくちゃんは「素の自分」をさらけ出すことに、もっと自信をもっていいんだよ」

 信じることに関しては「無敵級」のかすみちゃんが、今しずくちゃんのことを信じるといったのです。これほど心強いことはありません。かすみちゃんの後押しを受けて自分を信じることができたしずくちゃんは、今「無敵級」の大女優として、オーディションを勝ち抜き、舞台の上に堂々と立っているのでした。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161852p:plain

大女優のしずくちゃんは、無敵級だよ。

 

エピローグ

 すっごく長くなっちゃいましたけど、要するに8話ってめちゃくちゃ『無敵級*ビリーバー』だよね!最高じゃない??って、そういうことなんです。いやあ、『無敵級*ビリーバー』ですよね......。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161657p:plain

この振り付けが『無敵級*ビリーバー』なことも、話題になりましたね。

 かすみちゃんは勇気を出してしずくちゃんに「大好き」だと告白したわけなんですが、やっぱりそれでもかすみちゃんにも危うさがあって、だからこそ真剣さを得たしずくちゃんの目をもう一度見た瞬間に、目を背けてしまいます。やっぱ勢いでの告白だったんだろうなあ。でも、そんな強さと弱さの二面性がやっぱりかすみちゃんの魅力ですよね。守りたくなっちゃう危うさと、頼もしい力強さの両面を持っているというか。やっぱそんなかすみちゃんがかわいいです。はい。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202164005p:plain

kawaii

 それから、「かわいいかすみん」に戻った瞬間にかわいく頬をぷくっとさせて走り去っていくかすみちゃんが良いですよね。やっぱり「完璧」なんだよね。逆に、これだけ「完璧」に仮面をかぶるかすみちゃんが、一瞬仮面を外して届ける「大好き」だからこそ、しずくちゃんの心を変えることができたというか。最後にめちゃくちゃ拍手するかすみちゃんもね。やっぱしずかすなんだよなあ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161752p:plain

しずかすって、いいなあ......。

 『Solitude Rain』、好きです(唐突)。やっぱりしずくちゃんは雨が似合うし、アンニュイな表情だ似合うよね。さすがは大女優。苦悩なんて見せちゃいけない感じも大女優でいいですよね。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161828p:plain

水も滴るしずくちゃん

 ところで、曲冒頭の「雷鳴」ですが、これはやっぱりあのシーンのことを指すのでしょうか。かすみちゃんのデコピンが「雷鳴」なのか、それとも告白が「雷鳴」なのかはわかりませんが、「雷が鳴ると梅雨が明ける」って話を思い出しました。舞台でも、雷鳴が鳴り響いたあと、雨が止むんですよね。いや、特にオチはない気づきなんだけど、好きだなあって。私、雨の日がとっても好きなので、雨が似合うしずくちゃんが大好きなんですよね。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161709p:plain

策士、惚れました。

 最後に。8話では、同好会以外のメンバーが物語の鍵になるような活躍をすることが多かった印象があります。色葉、今日子、浅希の三人もそうですけど、あとは部長。最後のシーンは痺れたよね。かっこええわ、部長。なんなら、1話でかすみちゃんと遭遇してるんですけど、しずくちゃんの成長を見込んで再オーディションをかけたんじゃないか、とまで邪推してしまうほどの策士感。舞台上で抜群の演技をみせるしずくちゃんに抱きしめられるとき、部長はどんな気持ちだったんだろうなあ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202161836p:plain

敏腕記者だよね。

 あとは、新聞部(?)のインタビュアーですよね。8話はしずくちゃんへのインタビューから話が始まって、しずくちゃんへのインタビューで話が終わるわけで、彼女はある意味でめちゃくちゃ重要な存在でもあるわけです。

インタビュアー「なるほど。演劇部に所属している、桜坂さんらしいアイドル像ですねえ」

 これが、最後のシーンでは

インタビュアー「素晴らしかったです!まさに、スクールアイドルの桜坂しずくさんにしかできない舞台でしたね」

  分かってんなあ、あんた。演劇部で直面した問題をしずくちゃん自身の力で乗り越えることで、スクールアイドルとしてのしずくちゃんもまた成長するんですよね。

 しずくちゃん回だったのに、あまりしずくちゃん自身を掘り下げる記事にはならなかったかもしれません。やっぱり仮面をかぶっているだけあって、しずくちゃんの本心に迫っていくのはすごく難しいんですよね。それはかすみちゃんも同様なわけで、もっともっとしずくちゃんに向き合っていかなくてはいけないんですが......。まだまだアニガサキの物語は続いていくわけですし、かすみちゃんを追いかけるように急成長するしずくちゃんが見たい、そう思うのでした。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201202162129p:plain

その瞳には、どんな未来が映っているのか。

 

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第8話より引用。

16年目のラブレター TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #7 「ハルカカナタ」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #7「ハルカカナタ」

 

16年目のラブレター

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

 

↓第6話の記事はこちらから

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

どんな「カタチ」だって

 「ふつう」って、「あたりまえ」って、難しい。

 私たちは、どこまでいっても結局自分のことしか分からない。なぜなら、誰か別の人になることは、究極的にはできないから。それなのに、私たちはどこかで「ふつう」を、「あたりまえ」を、作ってしまう。

 どんな「カタチ」だっていい。

 教室の隅の女の子が教えてくれた。一見武骨で機械的でも、それも人によっては満面の「笑顔」なのだ。笑顔に望ましいカタチなんて無い。それは「家族」も同じはずだ。家族のカタチだって、ひとそれぞれ、十人十色である。どれかが正解だなんてことは、無いはずだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191643p:plain

これが近江家の家族の「カタチ」

 中川家は、教育熱心で向上心に溢れる家族。菜々の両親は、大切な娘にきちんと勉強して、豊かで幸せな道を歩んで欲しいと思っている。時にそれは、菜々にとって重荷となり、「大好き」に嘘をつかせ、彼女を苦しめた。

 近江家は、苦しい経済状況におかれている。もしかしたら母子家庭かもしれない近江家では母は夜勤に出て、家事は姉の彼方が担っている。娘二人を私立の学校に通わせるだけの経済力がないだけに、姉の彼方は特待生として虹ヶ咲学園に通う。さらに、彼方はアルバイトもして、家計の苦しさを少しでも支援しようとする。そんな環境の中で、彼女もまた自分の大好きに嘘をついて、蓋をかぶせてしまった。

 どちらも一つの、家族の「カタチ」であることは間違いない。そして、家族はその人だけのものだ。それぞれにそれぞれの事情があり、それは誰かが口を出したりもできなければ、代わってあげることもできない。それは菜々の、彼方の内側にある問題なのだ。

 

 内側にある問題を解決するのは、最終的には自分の力でなくてはならない。だからこそ、他人が内側に抱えている問題に向き合うことは難しい。アドバイスをすればいいとか、共感すればいいとか、そんな単純なことじゃない。傘をさして、お互いの傘がぶつからないように、手をつないで、時には離して、歩く。みんな違うって、こんなに難しい。それでも、みんな違うって、またこんなにも素晴らしいことである。これは、そんな物語なのだ。

 

ハルカ先へ

 遥の決意は固かった。

 近江家では、母の忙しさは全て姉の彼方が埋め合わせていた。遥の2つ上である彼方は、母を助けるために、家事を手伝うようになった。苦しい家庭の中そだった彼方にとって、寝る間も惜しんで粉骨砕身に働く母を手伝うことは、まったくもって疑いようのない当たり前のことだった。

 高校に進学した彼方。彼女は、特待生として虹ヶ咲学園に通うことを選んだ。本来的な設定では「転校生」である彼方が当初東雲学園にいたのかどうかは、アニガサキの世界線では検証しようがないけれど、どちらにせよ虹ヶ咲学園の特待生として入学したのは彼方自身の意思なのだろう。彼方の母は、彼方に「かなが心配することじゃないよ。大丈夫だから」。そう言ったに違いない。でも、彼方は頑固に聞かなかった。彼女は、その背中には到底背負いきれないほどの責任感を、無意識のうちに背負ってしまっていた。

 高校生の彼方は、家計を助けるためにアルバイトも始めた。家事に、勉強に、アルバイト。どう考えても背負いきれない重荷も、彼方にとってはあたりまえのことだった。その証拠に、彼方は自分がスクールアイドル活動をすることを「わがまま」と言う。

 彼方ちゃんにとっての「わがまま」とは何か、それは、スクスタのストーリーからヒントを得ることにしたい。

スクールアイドルをしているからって、誰も彼方のことをわがままだとは言わないでしょう。しかし、彼方はわがままだといって譲りません。どうも、彼方にはやりたいことがたくさんあって、その中でも特に譲れないのがスクールアイドルであるようです。しかし、それは、彼方はそれ以外のやりたいことを、すべて我慢しているということを意味しています。 きっと、彼方にとっては、勉強をして特待生の資格と奨学金を維持すること、節約しながら遥ちゃんのお弁当を作ること、そのすべては「当たり前にやらなくちゃいけないこと」なのだと思います。彼方はそのことを、全く疑ってはいません。嫌がってもいません。だからこそ、彼方にとっては、時間がないのにスクールアイドルをすることは「わがまま」なのです。いや、もっと言えば、彼方にとっては自分がどうしても譲れないスクールアイドルをすること、それでさえも、彼方の中では「わがまま」になってしまうのです。

ニジガクカウントダウンウィーク! #5 Fire Bird/Märchen Star - こばとんの徒然日記

  苦しい母を助ける「娘」として、かわいい妹を守る「姉」として。彼方は、あまりに多くの物を望んで背負い込みすぎた。そして、それは彼方が忙しい自分の状態をエクスキューズする方法でもあった。「娘」だから、母を助けなくちゃいけない。「姉」だから、妹の面倒を見なくちゃいけない。やりたくてやっていることだから、自分が本当にやりたいことは「わがまま」......。

 これは、彼方が悪いのではない。むしろ、ぎりぎりの状態で彼方を踏みとどまらせるために、彼方を目を逸らすための魔法。彼方はそうやって、気づかぬうちに現実を心の底の、深い深いところへと、押し込めていた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191239p:plain

彼女は、喜んで「重荷」を背負う。

 しかし、そうやって彼方によって「守るべきかわいい妹」として封じ込められた遥も、高校生になった。晴れて東雲学園に入学した遥は、強豪スクールアイドル部のセンターを射止める。成長するにしたがって、視野も広がる。遥は、自分が叶えてきた夢の後ろに、彼方の犠牲があることを知る。高校生になった遥は、アルバイトだってできる。それに、彼方の多大なる犠牲を知った遥には、それを見てみぬふりをして自分の人生を歩いていくことなんて、できっこないことだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191623p:plain

決意の、朝。

 夜になっても、特待生維持のために勉強を惜しまない彼方。そんな彼方をみた遥には、ある決意が生まれようとしていた。

 遥「お姉ちゃん、あのね、今日お姉ちゃんの同好会、見学しに行ってもいい?」

 張り切る彼方と、突然の遥訪問に浮足立つ同好会。それが遥と彼方、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、いや東雲学園まで巻き込む事件の始まりだとは、まだ遥以外誰も知らなかった。成長した遥は、遥か先へと、進んでいこうとしていたのだ。

 

噛み合わぬ歯車

 遥は、いつ「それ」を決意したのか。

 彼方が夜も勉強しているのを見ているシーン。これが「きっかけ」なのは確かだ。しかし、ここではまだ「決意」とまではいかないような気がする。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191701p:plain

この時.....?

 同好会を見学に来た遥は、張り切って走る彼方に驚く。侑の「同好会の活動が再会してから、彼方さんすごく頑張ってるんだよ」という言葉に対して、遥はなにかに気づき、そして物憂げな表情を浮かべる。彼方が自分自身の夢を見つけているということに、ここで確信をもったのであろう。遥の決意は、ここでもう決まっていたかもしれない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191518p:plain

それとも、この時......?

 楽しそうな彼方だが、練習ではなかなかうまくいかない面もみせる。既に苦手であるという描写があった柔軟性の練習では、当時苦戦していて、成長した璃奈と比べても差がついてしまっている。それが多忙のせいかは分からないが、どちらにせよ彼方が自分の夢に向かって進んでいくためには、「スクールアイドル」として活躍していくためには、もっともっと多くの時間を必要としていることを示している。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191618p:plain

彼方には、時間が必要だ。

 

 そして、練習を終えてのティータイム。ほのぼのとした時間が流れる中、彼方は突然電池が切れたように眠ってしまう。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191102p:plain

彼方は、突然力尽きた。

 ここからのシーンはとても深刻で、そして遥の「それ」へと一直線に落ちていくのだが、なんというかすごく「不思議」がたくさんある。そんなひっかかりを、ひとつひとつ拾っていくことにしたい。

 エマのクッキーとかすみのコッペパンが用意されたティーパーティーは、このほのぼのと仲の良い場所が彼方にとって本当に居心地の良い場所であることを示している。が、ここで安心したのか、彼方は突然電源が切れたかのように寝てしまう。

 遥の驚きぶりからみて、彼方が披露して疲れていることは想定内でも、ここまでだとは考えていなかったことが伺える。すくなくとも、彼方は家では疲れている素振りは見せなかったのかもしれない。それは、母や遥を心配させたくなかったからだろうか。

 

 一方、同好会メンバーの彼方への温度感は、あまりに遥と違う。

しずく「はい、私の知る限り、彼方さんは寝るのが大好きだと思いますよ」

  「寝るのが大好き」という表現は、ちょっと不思議である。自分の意思に反して寝てしまう彼方のことを「寝るのが大好き」と言えるだろうか。なにははっきりしたことを言うことはできないが、すくなくとも、同好会メンバーにとって彼方が寝てしまうことはある程度普通のことだった。「他人の変化や異変に気付くのは、実はかなり難しい」ということだろうか。他人の領域に過剰に干渉していかないのは、この同好会のいいところであり悪いところである。同好会メンバーは、遥の慌てる様子をみて、ようやく彼方に起きていた変化に立て続けに気づき始める。

遥「恥ずかしくなんかないよお姉ちゃん。疲れて当然だよ。いっぱい無理してるんだから」

彼方「ん?無理してるって、何を?」 

 彼方が今置かれている境遇を決して嫌なものだとは思っていないことは、既に述べたとおりである。これだけ忙しくても、彼方は心から「無理している」とは思っていない。これは、心配をかけないようにそう見せているとかではなく、ほんとうに思っていないのだ。きっと、彼方は同好会メンバーにも家のことやアルバイトのことは話していないのだろう。「良く寝る」というだけで異変に気付けというのは、こう考えると酷かもしれない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191147p:plain

遥の言葉に聞き入るみんな。

 遥が話し出すと、同好会のメンバーは遥の言葉に聞き入っている。誰一人として、口をはさんだり、目を背けたり、何かを食べたりもしない。もしかしたら、同好会のメンバーは遥の決意を、あるいはその譲らない気迫を、感じ取ったのかもしれない。ただ、彼方の「そうだったの?」という言葉だけが、この深刻な空気の中で浮いている。

遥「いつも私を優先してくれたお姉ちゃんが、やっとやりたいことに出会えたんだって」 

 侑は、ここで一瞬口を開く。何に反応したのかと言えば、「やりたいこと」だろうか。彼方の一番やりたいことは、スクールアイドル。侑は、大事なことを聞き逃さなかった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191542p:plain

彼女は、揺るがぬ決意を持っていた。

遥「今のお姉ちゃんには、同好会が一番大事な場所だって、よくわかったの。だから私、決めたよ」

彼方「ん?何を?」

遥「私、スクールアイドル辞める」

  「それ」は、穏やかに遥の口から放たれた。彼方はまだ、「それ」が放たれる瞬間まで、いや脳内で咀嚼してその意味をかみしめるまで、遥の揺るがぬ決意には気づかなかった。蓋をした自分の世界の中の「かわいい妹」が、立ち上がろうとしていることに。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191417p:plain

衝撃の発言だった。

 部屋にいる全員が、遥の言葉に打ちのめされた。狼狽した彼方の歯車は、妹とかみ合っていたはずのその動きがもうおかしくなっていたことを、一気に露呈する。

彼方「彼方ちゃんが寝ちゃったせいで、遥ちゃんのこと心配させちゃったの?大丈夫だよ~」 

  この言葉は、現状を取り繕うとするだけの言葉だ。まるで、何か大きな失敗をしてしまったことをごまかすような、そんな地に足のつかない言葉。

 一方の遥は、真剣そのもの。「お姉ちゃんにはやりたいことを全力でやってほしい」。だから、スクールアイドルを辞めるという。でもそれって、少し立ち止まって考えてみると、少しおかしい。遥と彼方には、どちらかが夢を諦めて、どちらかが夢を追いかけるという、両極端しかないようにみえる。実際、ここで初めて、疑問が差し挟まれる。しずくである。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191631p:plain

ただ一人、しずくだけが疑問を口にする。

しずく「あの.......、そのために遥さんはスクールアイドルを辞めるんですか?」 

  遥は、しずくの方を一瞥もしない。ずっと、彼方だけを見ている。誰が何を言っても自分の意思を曲げるつもりが無いということを、同好会メンバーも感じとったのかもしれない。

遥「お姉ちゃんが苦労してるの分かってて、夢を諦めるなんてできないよ」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191501p:plain

目を逸らす遥。

  ここで、遥は彼方から目を逸らす。遥は本心ではスクールアイドルを辞めたくはない、ということか。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191431p:plain

彼方の答えは、完全に言い訳に感じられた。

彼方「そんなの、気にしなくていいんだよ~。だって、遥ちゃんは大事な妹なんだもん」 

  「そんなの」とは強い言葉だ。彼方はそこまでの意識を持っていないかもしれないが、この「そんなの」は、彼方の負担を指しているようにも読めるが、遥の決意を指しているようにも取れる。遥の追及から逃げる彼方は、とっさに遥を傷つけてしまった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191450p:plain

「妹だったら、気にしちゃいけないの......?」

遥「どうして......妹だったら、気にしちゃいけないの?」

彼方「心配させちゃってごめんね。彼方ちゃん、もっと頑張るから」

  もうここは、全く噛み合っていない。遥の質問に対する答えは、多分無い。だって、妹だから気にしちゃいけないなんてことは、ありえない。それに、遥は彼方に少しでも負担を減らしてもらうことを望んでいるのに、そんな遥に対して「もっと頑張る」なんて言ってしまったら.....。

 遥「お姉ちゃんの、わからずや!」

  遥が走り去っても、すぐに止められる人はだれもいなかった。苦い空気だけが、部室に残される。ワンテンポ遅れて、侑が追いかけてゆく。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191325p:plain

苦い空気だけが残された。

 ところで、ここで立ち上がっているのが愛・果林・かすみの3人であることは面白い。なにか共通点があるかな、と考えてみたが、しっくりくる考えは得られていない。もともと果林は最初から立っていたし、こじつけという感もあるが......。ちょっとしたアイデアとして思っているのは、この3人は遥が来る作戦会議の中で、遥を「スクールアイドルのライバル」として見ていたメンバーなんじゃないか、ということである。しずくだけは、明確にライバル意識を抱いていなかった。これは8話へと繋がっていくのかもしれないが、逆に言えば愛と果林はかすみの姿勢を否定していない。どころか、ちゃっかりスクールアイドルのことを沢山調べていそうな果林は、「東雲学園と虹ヶ咲学園のスクールアイドルじゃあ知名度は天と地ほどの差」と言っている。あるいみで、この3人は「彼方の妹」としてではなく、「ライバル校のスクールアイドル」として遥を見ているのではないか、と言う気がするのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191548p:plain

侑も、固い決意を口に去っていく遥をただ見送るだけだった。

 逆に、「彼方の妹」としての遥と、それから彼方との間の問題に関しては、遥の決意が固い限り、口を出すことはできない。それは「家庭の問題」であるし、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーたちはそういった個人の問題には立ち入ることはしない。特にスクールアイドルとしての遥の実力を知る侑は、この問題についてなにか思うところがありそうだ。しかし、彼女は遥に追いついても、自分の意思を遥にぶつけることはしない。遥の決意のほどを問いかけることしかできなかった。それはやはり、この問題に関して侑は口をはさむべき立場ではないし、それに個人の問題に土足で入っていくのは彼女たちのとっては明確に「違う」のだと思う。それが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の物語なのだ。

彼方「遥ちゃんが、怒った......」

 これまで、近江姉妹はケンカしたことが無かったのだろう。ケンカは決して良いことというわけでもないし気持ちのいいことでもないが、「ケンカするほど仲がいい」という言葉もある。お互いが意見をぶつけ合えるようになってこそ、ケンカは成立する。立場があまりに違いすぎたら、それは「ケンカ」にならない。お互いが対等だからこそ、初めてケンカは成立する。そして、これは近江姉妹にとって初めてのケンカだった。

 

夢のカナタへ

 7話は遥が動いていくことで物語が進んでいくが、やはり問題は彼方の中にあるのだと思う。

 成長した遥は、彼方の抱えている問題の全てを見抜いていた。彼方が「やりたい」と思っていろんな家族の負担を背負っていること、彼方がスクールアイドル同好会の活動を楽しんでいること、スクールアイドルが彼方の「本当にやりたいこと」であること、そして、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が彼方がこれから生きていく場所であること。それを、遥は全部分かって、覚悟を固めたうえで、スクールアイドルをやめる、と言い出したのだ。

 一方で、彼方はそんな成長した遥を、真っ直ぐ見ることができていなかった。彼方は多忙の中で、自分のなかに「守るべき彼方」のイメージを作ってしまっていた。彼方は、成長した遥を受け入れ、自分の中の遥をアップデートすることができていないのだ。だからこそ、姉妹の歯車はあれほどに噛み合わなかった。

 人は、それぞれの道を歩いている。はじめはどこまでも並んでいきそうな道でも、いつか少しづつ離れていく。兄弟姉妹だって、友達だって、どこで道が分かれていくかはわからない。それでも確かに、道は分かれていくのだ。遥は、東雲学園で自分の場所を見つけた。努力を重ねた遥は、センターの座を射止めた。少しづつ遥は、姉のもとを、家族のもとを離れて、自分の道を歩き始めようとしている。

 それは、彼方も一緒だった。彼方には、新しい居場所ができた。そしてそこには、彼方にとってきっと大切な存在になっていきそうな人たちがいる。彼方は、その場所を心地いいと思っている。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191444p:plain

ここが、彼方の新しい居場所。

 遥が全て分かっているように、彼方も全て分かっていた。問題は、彼方が自分の気持ちを認めることができるかどうか。家族の「カタチ」が新しいものになっていくことを、姉妹の関係が変わっていくことを、彼方が認めて、受け入れることができるか。「問題」は、彼方の中にあった。

 

 こういうときに背中を押すのは、スクールアイドル同好会のみんなだ。変わらなくちゃいけないのは、彼方自身。そしてこれは、彼方が解決しなくてはいけない問題。それでも、背中を押してあげることなら、できるのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191554p:plain

「ダメ」なことは「ダメ」と言える、そんな関係。

 遥の決断を受けて、「いっそ自分がスクールアイドルを辞める」といいだした彼方を、侑は強く止める。自暴自棄な選択。それだけはダメだと、本当に間違っていることにはまっすぐ「NO」を伝えられるのも、同好会のいいところ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191648p:plain

「答え」を、見つける手助け。

 エマが立ち上がって、彼方の側へと座る。

エマ「それはほんとうに、彼方ちゃんが望むことなの?」

  同好会のメンバ-は、彼方に答えを伝えることはしない。彼方自身が答えを見つけられるように、そっと寄り添ってくれる。答えが見つかるまで、待ってくれる。

 彼方は少しづつ、自分の想いを吐露する。それは、遥が見抜いていたことと同じ。彼方はそんな自分の望みと、遥の幸せを守りたいという望みとの両方を叶えたいという想いの両方を抱えているのは、「わがまま」だという。

果林「それはわがままじゃなくて、自分に正直っていうんじゃない?」 

  「わがまま」なんかじゃない。彼方は、自分を守るためにかけた魔法を解く必要があった。「本当にやりたいこと」から逃げないということ。そして......。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191256p:plain

あの日一番遥を見ていたのが、侑だった。

 侑「遥ちゃんはもう、守ってもらうだけの人じゃないと思う」

  もう遥ちゃんは、彼方ちゃんに「守られる」だけの存在じゃない。自分の両足でしっかり立って、自分で歩いていける。礼儀正しくて、姉想いで、努力もできる、そんな魅力的で大人な女性に成長したのだ。それでも、姉妹は「似たもの同士」。いや、もっと言えば親子も似たもの同士なのだと思う。全てを背負って頑張る母の背中を見て育った彼方は、母と遥のために全てを一人で背負おうとしたし、そんな彼方の背中を二年遅れで見てきた遥にとっても、一人で背負うという選択肢しかなかったのだと思う。でも、それでは二人の大きな夢をかなえることはできない。それに、これまで家庭は母と彼方の二人で背負ってきたはずだ。今度は、大きくなった遥と、三人で支えあっていけばいい。

 魔法にかかっている間に彼方は、遥のことを「妹」という存在に封じ込めて、「守らなきゃいけない存在」なのだとすっかり決めつけてしまっていた。でも、もう遥は先へ進んでいる。夢の彼方へ向かうために、あとは、彼方が変わるだけなのだ。

 

ハルカカナタ

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191455p:plain

聞いて!

 『Butterfly』。気高く、美しく、飾らない、美しい旋律。

Hey...... Now listen!

初めてで一番の You're my dearest trasure

記憶のなかで 溢れるLovin' tune

駆け足のDay by day 手つないでTime goes by

強くなれたんだ そのぬくもりで

 

ひとりきりじゃもう 両手いっぱい 広げてもまだ

足りないほどに大きなDreams 今一緒にだきしめよう

 

Butterfly 羽を広げたら

ハルカカナタ 高く飛ぼう

雪の向こうに美しい空 待ってるの

 

Butterfly 夢へ羽ばたいて

花の季節迎えよう

叶えていけるきっと 信じてWe can fly

 「My dearest」は、「最愛の人」。

 『Butterfly』は、彼方と遥が一緒に歩んできた16年で、最初のラブレター*1

 16年の間、彼方はずっと魔法の繭のなかにいた。「わがまま」をたくさん抱え込んで、涙は傘でしのいで、その時を待っていた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191302p:plain

雨空のなか、彼方はいつも、傘の下にいた。

 二人がぶつかったあの日は、大雨だった。でも、雨はいつまでも降り続けるのではない。雨空があるから、晴れた時には虹がかかる。

 ふたりがそれぞれの「Dreams」を認めて、分け合った時、初めて蝶は羽ばたく。蝶は、一枚の羽根では飛び立てない。二つの羽が揃って初めて、青空へと飛び立てる。たくさん雨が降ったからこそ、二人の飛び立つ空は美しい虹で祝福される。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191530p:plain

気持ちは、届いた。

 

 彼方「ごめんね、遥ちゃんのこと、分かってなくて。遥ちゃん、彼方ちゃんのこと、とっても大事に思っていてくれたんだね。ありがとう」

 あの日、遥を傷つけた彼方。初めてのケンカは、彼方の謝罪によって終結した。そしてそれは、彼方と遥に新しい関係が生まれようとしていることを意味していた。

 そしてもうひとつは、彼方は遥の前でその夢が叶えられるものだ、ということを示したのでもあった。アルバイトをしていても、家事に勉強に必死でも、ステージに立てる。スクールアイドルとして輝ける。遥ちゃんを悔しくさせるくらいに、いや東雲学園のアイドルたちにすら想いを届けられるくらいの、スクールアイドルになれるのだと。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121190859p:plain

「悔しい」という気持ちも、「ライバル」だからこそ。

彼方「スクールアイドルではライバルだよ。お互い頑張ろう」 

  この瞬間、魔法は解けた。彼方を封じ込めていた繭は、解け始めた。もう、彼方にとって遥は「守るべき妹」である必要はなくなった。彼方と遥は、対等な関係になったのだ。それは、彼方が遥を認めた、ということでもあった。

 『「仲間」で「ライバル」!?』それが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のコンセプトなのだとしたら、彼女たちは「姉妹」で「ライバル」。お互いを大好きで、誰よりも想っていて、対等に認め合って、力を合わせて頑張る。そして、スクールアイドルのステージに立ったなら二人は「姉妹」の関係から解き放たれて、「ライバル」として切磋琢磨する。そんな姉妹の新しい「カタチ」。なんて素敵なんだろう!

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191600p:plain

「姉妹」で「ライバル」。

 二人の羽ばたいていく虹がかかった空が、春の空気と花の香りを乗せて、限りなく祝福されたものになるのは、疑いようがない。

 

P.S.

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121190715p:plain

遥ちゃん......。かわいいよう......。

 料理をしてる遥ちゃん、新妻って感じがめちゃくちゃして良くないですか???こんなにかわいいんじゃあ、そりゃあどんな料理でも食べられるよ。遥ちゃんの料理が食べられて幸せなの、超わかるわ。というか遥ちゃんとけっこ......。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121190854p:plain

「強敵」だよね、絶対。いいないいな~。

 東雲学園の二人(支倉かさねちゃん、クリスティーナちゃん)にも声がついていたのは、すごく幸せでしたね......。いやあ、μ'sの時代からスクフェスをプレイしていたら、自然と彼女たちへの愛情は積もっているものでして......。「しゃべってる!!!!!!」って感じですね。それだけで感動。

 せっかく東雲学園を出して、声もつけて、それから「ライバル」なので、東雲の曲が聴きたいです。圧倒的知名度の東雲学園の曲が聴きたい。遥ちゃんがセンターを張っているところがみたい。あ、いや、本編じゃなくてもいいの。あの、円盤の特典曲とかでどうですかね?ダメ?遥ちゃんに真剣なので、いつまでも東雲の新曲を信じ続けます。

 お騒がせしました。しばらくアニガサキブログは真面目な感じでやってるんですけど、こうやって砕けた感じでまたお話したいな~って思うこともあって。アニガサキレポートとして特に書き方とかは決めてなくて、各話終了後にフィーリングで決めてるんですけど。でもさ、あまりにアニガサキが文学的だから、感化されちゃうのよね。書きたいように書けばいいんですが......。みなさんはどっちがお好きですか?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201121191341p:plain

最後にね、お気に入り近江姉妹!

 

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第8話より引用。

※歌詞は『Butterfly』作詞:Ayaka Miyake 作編曲Em.meより引用。

*1:手紙って、自分の気持ちを綴って「相対化」するじゃないですか。『Butterfly』のMVは、「lレターボックスって手法が使われているらしく、まあ専門外で細かいことは分からないんですけど、地の文にあたるアニメ本編とは違う文章ってことなんだと思うんですよ。じゃあどちらかの視点なのかというと、それも違う。わざわざレターボックスの外に彼方を配置しているので、これは遥の視点じゃない。でも、遥も確かにこれを見て受け取っているわけじゃないですか。だから、これはラブレター、ビデオレターの形で彼方から遥に送る、ラブレターなんじゃないかって、そう思っているのです。

向き合う顔が、笑顔なら TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #6 「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #6 「笑顔のカタチ(⸝⸝>▿<⸝⸝)」

 

向き合う顔が、笑顔なら

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

 

↓第5話の記事はこちらから

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

 

Introduction

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114091034p:plain

イメージする自分と、むきあうほんとうの自分

「思いを伝えることって、難しい。 

わたしの場合は、特にそう。

『友だちになりたい』。そんな一言を言うのにも、ハードルがある」

  伝えたかった言葉は、「友だちになりたい」。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005351p:plain

気になる。そんな落ち着かない気持ち。

 教室の隅、気になる3人。それでも、璃奈はその言葉を口に出すことができない。

 それは......自分の表情が、表情を出せないことが、感情が相手に伝わらないことが、どうしても気になってしまうから。

 頭のなかでイメージする自分と、ガラスに映る自分。その違いに、彼女は傷つく。傷ついた心は、いつの間にか光を避けて、暗がりへと逃げ込む。固い、暗い、殻のなかへと......。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005356p:plain

璃奈「なんでもない」

 

特別な人

 「表情を出すのが苦手」。中学校までは友だちもできず、いつも一人で過ごしてきた璃奈。

 高校に進学し、変わろうともがく璃奈。それでも、なかなか友だちはできない。そんな璃奈を、突然太陽のように照らしたのが、愛だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004613p:plain

特別な人との、運命の出会い

 出会ったときから、表情がなくとも、璃奈の気持ちを正確に把握できた愛。愛はまさに璃奈にとって、唯一無二の特別な存在だった。別に、愛が人の気持ちを読み取れる特別な能力を持っているとか、そういうことではない。これができる人は、璃奈にとって愛しかいない。璃奈にとって愛は「特別な人」なのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005848p:plain

璃奈の世界を、広げてくれた人。

 愛と出会ったことで、璃奈の世界は一変した。例えるなら、言葉も文化もわからない外国で、初めて日本語が通じる人に出会ったような。そんな革新が、璃奈に起こった。殻にこもっていた少女は、宮下愛という特別な人を媒介することによって、はじめて外の世界とつながることができたのだ。

 愛を通じて、璃奈はときめきを受信する。せつ菜のステージ。「スクールアイドル」の存在を知った璃奈は、特別な人である愛と、同じ夢を追いかけることになった。

 璃奈にとって「スクールアイドル」への挑戦は、特別な意味があった。それは、璃奈がスクールアイドルを通して誰かと繋がりたいと考えていたからだ。

璃奈「ファンの人と、気持ちを繋げること」

 4話の、かすみによるスクールアイドルの講義で、璃奈はこう言っている。璃奈は、人と気持ちを繋げたかった。繋がってみたかった。そのために、スクールアイドルになることを決めたのだ。

「初めて、人と繋がることができた。そして今の私は、もっとたくさんの人たちと繋がりたいと思っている。今からでも、変われるんだ」

  自分を変えたい。人と繋がってみたい。彼女のスクールアイドルの物語は、ここから始まる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005729p:plain

「変わりたい」

 

「繋がる」ってなんだろう

 ところで、璃奈が抱えている問題ってなんだろうか。璃奈はどのように変わりたいと思っているのだろうか。

 既に述べた通り、璃奈のコンプレックスは「表情を出すのが苦手」なこと。そして、それによって璃奈は人と繋がることができない、と考えている。

 まず一つ確認したいことは、これは「璃奈には感情がない」とは全く異なるということだ。璃奈は、感情豊かな女の子だ。ただ、その感情を伝えるための「表情」を持っていないだけなのだ。そして、その感情を人と共有したいと思っている。

 それでは、「表情」ってなんだろう。

表情(facial expression)

情動に応じて身体各部に表出される変化を表情といい、特に顔面に表出される変化を顔の表情という。通常、人間の場合、顔の表情を意味することが多い。(中略)一般に、表情は他者の感情や情動あるいはその意図や欲求を認知するうえでの手掛かりの一つと考えられている。しかし、人間の顔の表情判断に関する研究をみると、表情写真を見せてどのような情動が表出されているか判断させてみても、的中率はそれほど高いとは言えない。顔面の表情表出行動は文化的、社会的な枠の中で形成されるものであり、具体的な場面からは切り離された顔の表情だけから情動を推察することは、基本的な情動を除いてはむしろ困難であるといわれている。なお、表情判断の手掛かりとなる顔の部分としては、眼、口、鼻などがあげられる。

              出典:『ブリタニカ国際大百科事典』 2015

 表情の形成に関する記述も面白く、どうして璃奈が表情を得ることができなかったのか、それに関するヒントになりそうだが、論旨がずれてしまうのでそれはまた別の機会としよう。注目したいのは、「表情だけで情動を推察するのは困難」であるという点である。

 表情というのは、あくまでも人間が相手の心情を推察する一つの判断条件、あるいは、あくまでも自分の感情を表現する一つの方法に過ぎない。それは、感情の伝達において絶対的な存在ではない。人間は、相手の感情を表情以外の、もっと別の点からその多くを受け取っているのだ。

 ストーリーを振り返ると、確かに璃奈の周りでは、璃奈自身が表情を出せないことによって、それほど深刻な問題が起きているようにはみえない。1話で侑と歩夢がはじめて璃奈と会うシーンでは、侑は璃奈の表情をみて「もしかして、急いでいたのかな?」と不安がるが、璃奈が「急いでなかった」と伝えると、侑は「ならよかった」と笑っている。4話においてエマが璃奈に「同好会はどう?」と問いかけるシーンでも、その表情をみてエマは疑問を覚えるも、愛が璃奈の気持ちを読み取り「うきうき」と伝えると、エマは「楽しんでくれてるならよかった」と答える。たしかに感情の伝達に齟齬を起こすこともあるが、それを相手がひどく気にしている様子はない。言葉をもって感情を伝えれば、相手はそれほど困ることなく璃奈の気持ちに寄り添っている。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005834p:plain

戸惑ってはいても、困ってはいない。

 6話でも、璃奈が「表情が出せない」ことで、周りが困っているような描写は少ない、というより、ほとんどない。璃奈が「友だちになりたい」と伝えたいモブ3人組も、璃奈が話しかけようとして失敗することを繰り返していても、璃奈に対して負の感情を抱いたり、なにか璃奈に厳しい言葉をかけることもない。むしろ、璃奈に積極的に話しかけて、アプローチをかけてくれている。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005953p:plain

この子たちはきっと、璃奈にとって得難いほんとうの友だちになれる。

 では、璃奈の抱える問題とは何だろうか。璃奈は、どうして気持ちを伝えることができない、あるいは友だちを作ることができないのだろうか。

 その問題は、きっとここにある。

「『友だちになりたい』。そんな一言を言うのにも、ハードルがある」

  璃奈の抱える問題の本質は、「表情が出せない」ことにあるのではない。そんな自分がコンプレックスになって、他人に心を開くことができなくなってしまったことにある。自分の感情を誤解されることを恐れ、心を閉ざしてしまった璃奈は、口を開くこともなくなってしまった。自分の感情を伝える方法を、璃奈は失ってしまった。

 「話せない」という視点で、ストーリーを見るとどうだろうか。

 璃奈は、決して話していないわけではない。アニメのストーリーの中でも、璃奈は少なからずセリフを発している。

 しかし、璃奈が誰かと、例えば同好会のメンバーとも、話しているときは、いつだって愛と一緒のときだ。さっき見た、1話のシーンが分かりやすい。璃奈は、侑と歩夢に話しかけられても、愛が登場するまで、二人に話すことはできなかった。愛はいつだって、璃奈の気持ちを理解してくれる。そして、困ったときは、それを媒介して相手に伝えてくれる。愛がいるからこそ、璃奈は誤解を恐れず、心を開いて相手に話しかけることができるのだ。

 愛によって殻を抜け出し、外の世界に出た璃奈。璃奈が目指すのは、「誤解を恐れず、相手に感情を伝えること」。そして、それを愛がいない状態でできること。これが、璃奈の目指す「心を繋げる」なのだ。

 

外の世界と、中の世界

 気になる3人と友だちになりたい璃奈。「ぜひライブをやってほしい」と言う3人を見て、璃奈は彼女たちと「つながる」ために、ライブをすることを決意する。

 ところで、璃奈のステージは今作では一番最初のライブとなる。「最初のライブ」という視点で、前作(ラブライブ!サンシャイン!!)、前々作(ラブライブ!)と比較すると、面白いことがわかる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004208p:plain

直面したのは、「外側」の世界。

 それは、直面している問題が違う、ということである。これまでのラブライブ!では、題材となっていたのはグループとしての成長だった。この点で、まさにラブライブ!はスポ根的な要素を持っていたと言える。努力したら、その分成長する。最初は厳しい評価でも、みんなで力を合わせて努力すれば、いつかそれは大きな成果を生み出す。全ての夢が叶わなかったとしても、その努力の結晶は確かに各自の中に残っていく、そんなストーリーだった。

 だから、1回目のライブで彼女たちが向き合ったのは、外からみた彼女たちへの評価だった。ラブライブ!では、厳しい現実に直面させられた。彼女たちのステージを見に来てくれる人はいなかった。だからこそ、彼女たちは努力し、みんなを振り返らせようとした。ラブライブ!サンシャイン!!では、沼津の暖かい人たちによって、一時は失敗するかと思われた彼女たちのライブは、大盛況だった。しかし、この成功体験は東京に出た後に、彼女たちがスクールアイドルのフェスで1票も得られないという厳しい評価につながっていくことになる。彼女たちがライブで直面したのは、外からの厳しい評価だった。それが彼女たちのバネとなり、彼女たちは力を合わせて成長していくのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005316p:plain

それは、彼女たちの力になった。

 しかし、今作は違う。璃奈が「本当の自分ではない。キャラに頼ってしまった」と満足しないPVも、ファンには好意的に受け入れられていた。みんなが、璃奈のライブを待っていた。実際に東京ジョイポリスで行われたライブも、3人が「結構集まってるね」と言うように、決して超満員というわけではないが、観客はそれなりにいるようだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005310p:plain

待ってくれる人は、いる。

 このことから分かるのは、この物語が「グループとしての成長」を描く物語ではないということだ。グループとして目標に一致団結する、力を合わせれば、何倍ものパワーが出せる。そういう話ではない。あくまでもこれは「個人の成長」に光を当てたストーリーなのだ。一人ひとりの成長は、それぞれ違っているし、その大きさも違う。

 先述した璃奈の表情の問題もそうだが、彼女が抱える問題は、彼女の外側にあるのではない。だから、この物語は、彼女の外側が変わっていく話でも、彼女が外側の世界を変えていく話でもない。外の世界には、彼女を受け入れてくれる人も、場所も、あるのだ。でも、それだけではダメなのだ。むしろ、璃奈の抱える問題は、内側にある。そして、それは重大な問題だ。外がどれだけ変化しても、璃奈の内側にあるわだかまりが解消されない限り、璃奈は「変われない」。外側の世界へ出ていくことはできない。

 

わたしは、変われない

 表情には出ないが、璃奈は感情豊かな女の子だ。そして、璃奈はとても熱いパッションと、固い決意をもった女の子だ。

 愛にもらったチャンス。璃奈は「変わる」ために、努力を重ねた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004203p:plain

決意は、固い。

璃奈「できないからやらないは、なしだから」 

  他のメンバーのPVにも生かされたように、情報処理学科所属の璃奈は動画編集などを得意としていて、自分のPVもその特技を生かしたものだった。

 一方、璃奈の課題はパフォーマンスだった。そして、それは来たるライブには必要不可欠なものだ。ライブを成功させるために。璃奈の特訓が始まる。その内容は、ダンス、発声、MCなどなど、多岐にわたった。璃奈は、どの練習も真剣だった。誰よりも努力して、特にダンスでは固かった体も柔らかくなるなど、着実な成長もみられた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114003951p:plain

大きさは違っても、それは「成長」だから。

 練習のなかで、璃奈は少しづつ殻も破っていったように見える。それまでは同好会の中でもいつも愛と一緒にいた璃奈だが、練習では愛がいないシーンも多くみられるようになった。愛・侑・歩夢を家に呼ぶと、璃奈は過去を話し、感謝を伝えた。それまでの璃奈とは、違う。新しい璃奈に変われたんだ、そう思えるし、璃奈自身も、そう思っていた。

 そして、璃奈は決意する。練習している璃奈たちを見つけた3人は、璃奈に新しいライブ告知動画の感想を伝える。

 璃奈「今のわたしなら......」

  結果は、失敗だった。窓に映った自分の顔をみた璃奈は、途端に話せなくなってしまった。トラウマは、克服できなかった。璃奈は、変われなかったのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005412p:plain

璃奈は、変わっていなかった。

 すこし付け加えるなら、ここに愛がいなかったことも大きかった。愛がいれば、結果は変わったかもしれない。咄嗟に愛が、なにかフォローを入れてくれたかもしれない。エマや侑にも、もしかしたら同じようなことが期待できるかもしれない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004007p:plain

こういう時とっさに声をかけるのは、むずかしい。

 しかし、その時一緒にいたのは、良くも悪くもまっすぐで、そして不器用なかすみとせつ菜だった。しかし、それは二人が悪いわけではない。むしろ、それは璃奈自身の抱える問題の根本はまだ何も解決していないことを示していた。璃奈の目標は、みんなと繋がること。そして、愛の力を借りずに、自分の力で相手に言葉を伝えること。しかし、今の璃奈にはそれが出来なかった。璃奈は、たしかに、変われていなかったのだ。

 

 

今はまだ、できなくてもいい

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005804p:plain

それはまるで、目をそむけるかのように、閉められた。

 ドアは、蓋をするように閉められた。

 璃奈は、再び心を閉ざしてしまった。カーテンを閉めて、段ボールに隠れて。深く深く、殻にこもってしまったのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005407p:plain

暗い殻のなかで。

 ライブ前日。璃奈は練習を休んでしまった。それでも、みんなは璃奈のライブを待っていた。9人の気持ちは、一緒だった。璃奈の家へと愛が駆けていくと、みんなそれに続いた。

 インターホンは、ドアの内側と外側を繫ぐ、唯一の手段だ。9人全てが画角にはいっているのもインパクトがあったろうが、璃奈のこころを動かしたのは、愛の真剣は表情と声だったかもしれない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004540p:plain

ドアは、璃奈がひらいた。

 ドアは、璃奈によって開かれた。璃奈は、まだ完全に殻にこもってしまったわけではなかった。

 ドアを開けたみんなは、璃奈が見つけられなかった。声は、段ボールの中から聞こえてきた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004523p:plain

段ボールは、まさに「殻」。

愛「りなりー?」

璃奈「ごめんね、勝手に休んで」

愛「ほんとだよ。心配したんだぞ。どうしたの?」 

  愛の口調には、真剣さとやさしさが同じくらいに介在している。それは、信じられないくらいのあたたかさだった。しかし同時に、逃げを許さない厳しさでもあった。愛は璃奈にまっすぐ向き合った。あとは、璃奈の返答を、心からの言葉を、待つだけだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004128p:plain

やさしく、厳しい。

 璃奈の返答は、いつもとは違ってスムーズに、段ボールのなかから静かな部屋へと響き渡った。

璃奈「こんなんじゃ、このままじゃ。わたしは、みんなとつながることなんでできないよ。ごめんなさい。」 

 それは、璃奈の心からの言葉だった。暗くて重くて、簡単に受け止めてはいけないような、そんな言葉。悲しくて、つらくて、情けない。そんな感情が、めいっぱい込められた言葉。でも、それはみんなにとって、はじめての璃奈の「感情」だった。これまでの璃奈は、「表情を出すことが苦手」なだけだったはずなのに、声からも、動きからも、感情が失われてしまっていた。だからこそ、みんなは璃奈の気持ちを受け取ることができなかったのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114004138p:plain

それは、重く、でも気持ちのこもった言葉。

 「変われなかった」。璃奈はまた、失敗を繰り返したと思っていた。璃奈はトラウマにとらわれ、再び殻にこもってしまった。

侑「ありがとう。璃奈ちゃんの気持ち、教えてくれて」

「私、璃奈ちゃんのライブ、見たいなあ。今はまだ、出来ないことがあっても、良いんじゃない?」

  璃奈を救ったのは、この言葉だった。璃奈は、「変わらなくちゃいけない」と思っていた。弱点を全て克服して、感情を完璧に伝えて、みんなと「つながりたい」。璃奈が真面目で、プロ意識が高くて、努力家だからこそ、璃奈に妥協するという選択肢はなくなってしまっていた。そして、それは「みんな」のことを人一倍思えば思うほど、璃奈を縛っていくのだった。

 ここで一番最初に璃奈に語り掛けるのが侑なのは、この言葉は、侑にしか言えない言葉だからだ。ステージに立つ人間は、いつだって「完璧」を求めている。同好会のメンバーは、全員そういう意識で練習して、ステージに立っている。そして、それは決してまちがったことではない。そういう意識で臨むから、ステージの上で彼女たちはどこまでも成長していけるのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005321p:plain

璃奈を、待ってる。

 しかし、今璃奈の持っているそんな気持ちは、璃奈が羽ばたいていくための足枷となってしまっていた。それを解き放てるのは、ステージに上がらない「観客」である侑だけだ。そのままの璃奈でもいい。今はまだ、出来ないことがあっていい。この時の侑は、璃奈のファンの代表でもある。璃奈のファンは、決して「完璧」な璃奈のパフォーマンスじゃないと満足しないわけじゃない。今の璃奈を理解し、受け入れ、そして愛し、今か今かと璃奈がステージに立つ瞬間を待っているのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005242p:plain

かすみには、かすみだけにしかないやさしさがある。

かすみ「 りな子。ダメなところも武器に変えるのが、一人前のアイドルだよ」

  かすみのこの言葉も、かすみにしか言えない言葉だ。例えば愛は、どちらかと言えば完璧なタイプだ。でも、かすみはそうじゃない。璃奈との練習シーンを思い返してみよう。かすみは、発声練習では璃奈よりはるかに苦戦していた。決して完璧な存在ではないし、璃奈が練習によって克服できたことでも、かすみはたくさんの「できないこと」を残している。でも、璃奈から見ればかすみは魅力的な存在だ。それは何より、かすみが感情表現に優れたアイドルだからだ。ニジガク2ndライブのパンフレットで、璃奈は「もし一日だけ誰かと入れ替われるとしたら、かすみちゃんになってみたい」と言っている。かすみは、璃奈に持っていないものを武器にしている。だからこそ、璃奈はかすみに憧れる。でも、かすみは璃奈と同じように、苦手なこと、出来ないことを抱えている。決して器用なタイプではないのだ。いわば、かすみは璃奈と正反対のような存在。そして、いつだってかすみは、璃奈に対して気をつかったり対応を変えたりすることはなかった。ここでも、かすみははっきり璃奈の苦手な部分を「ダメなところ」と言い切っている。一見思いやりが足りないように見えるが、そうじゃない。かすみはいつだって、璃奈を他の子と同じように、かすみらしく接してきた。そんなかすみの言葉だからこそ、璃奈の心を動かしたのだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005911p:plain

一緒に歩いて行ってくれる人たちも、璃奈にはいる。

愛「できないことは、できることでカバーすればいいってね。一緒に考えてみようよ」

歩夢「まだ時間あるし」

 璃奈は、また立ち上がるための勇気をもらった。それは、これまでとは違う勇気でもあった。自分の短所も受け入れて、抱きしめて、立ち上がる。璃奈は、段ボールを被ったまま立ち上がった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114010009p:plain

殻を脱ぎ捨てるのではなく、殻とともに立ち上がる。それは、璃奈が自分で見つけた答え。

 

段ボールと璃奈ちゃんボード

せつ菜「璃奈さんと こういうお話できたの、初めてですね」

  「表情を出すのが苦手」な璃奈が、言葉からも感情を失ってしまっていたことは、既に書いた。でも、それはどうしてだろうか。

 それは「自信」の問題なのだと思う。璃奈は、これまで表情によって相手に感情を伝えることができずに苦しんできた。積み重なる失敗は璃奈の自信を喪失させ、次第に失敗経験はトラウマとなり、璃奈は感情を相手に伝えようとすること自体が怖くなってしまっていた。そんな璃奈が「みんなとつながりたい」と思い立ったのがどれほど勇気が必要なことだったろうか。

 璃奈の顔に表情が無かったとしても、受け入れてくれるひとはそんなことを気にせずに受け入れてくれる。でも、それは璃奈自身の問題を解決することにはならない。璃奈には、無表情の自分で相手に向き合うこと、それ自体がつらいのだ。相手からどう見えているのか、常に心配で、不安になって、どうやって話せばいいかわからなくなってしまう。

 だから、段ボールの中では気にすることなく話すことができた。段ボールの中にいれば、璃奈は誰かに表情を見られることはない。自分が今相手にどうみられているのか、気にしなくていいのだ。少なくとも、璃奈は表情による「誤解」を心配する必要はない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005922p:plain

璃奈は自分で、答えを見つけた。それは、璃奈にしか見つけられない答え。

璃奈「これだ!」 

  開発された璃奈ちゃんボードは、このときの段ボールの発展形だ。だから、璃奈ちゃんボードの主眼は、「璃奈の感情をボードで伝えること」ではない。璃奈が、素顔で誰かと向き合ったときに感じる「誤解されるかもしれない」という不安を解くための、おまじないのようなもの。言うなれば、服や眼鏡やイヤリングのような、一つのファッションアイテムなのだ。ボードに表情を描くのは、相手に璃奈の表情を伝えるためではない。璃奈自身の感情が表現できているという安心感を、璃奈自身に与えるためという方がいいかもしれない。璃奈ちゃんボードは、SNSのような璃奈の外側にあるコミュニケーションツールではない。それは、璃奈が誰かに対して心を開いて話すために、璃奈の気持ちを変えることができる、璃奈自身が身につけ、身につけているあいだは璃奈自身と一緒になる、そんなファッションアイテムなのである。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005707p:plain

ボードをつけていてもいなくても、璃奈は璃奈。そしてボード自体もまた、璃奈自身と同じなのだ。

 私たちはもちろん、璃奈ちゃんボードからも璃奈の感情を読み取ることができるかもしれないが、しかしそれに頼らなくても、璃奈の気持ちが分かるはずだ。璃奈ちゃんボードをつけた璃奈の声は、行動は、等身大の感情で満ち溢れている。璃奈の言葉ひとつ、歌声一つで、私たちは璃奈と「つながる」とことができるのだ。

 

Curtains

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005328p:plain

「クラスメイト」から「友だち」へ。

 伝えたかった言葉は、「友だちになりたい」。

 璃奈は、気になる3人と友だちになりたいから、変わろうと思った。ライブをしたいと思った。努力した。壁にぶつかった。みんなと向き合って、乗り越えた。自分だけのカタチを、手に入れた。

 カバンから出す、スケッチブック。いくつもの夜を越えて、ようやく伝えられる、その言葉。

璃奈「うん、一緒に食べたい!」

 璃奈が、初めて自分で「友だち」とつながれた。そんな瞬間だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201114005942p:plain

これは、自分のダメなところまでもを抱きしめて生まれ変わった、新しい璃奈の、笑顔のカタチ。

 

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第7話より引用。

なお、当記事2章の「外の世界 中の世界」においては、1枚目の引用画像(キャプション:直面したのは、「外側」の世界。)はTVアニメ『ラブライブ!』((C)2013 プロジェクトラブライブ!)3話より、2枚目の引用画像(キャプション:それは、彼女たちの力になった。)はTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(©2017 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!)3話より引用した。

Zefiro di Verde TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #5 「今しかできないことを」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #5 「今しかできないことを」

 

Zefiro di Verde

もくじ

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

 

↓第4話の記事はこちらから

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

Celeste

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107122021p:plain

どこまでも広がっている 、スカイブルーの空

眩しすぎて見えなかった

アイドルになったわたしに、どんなことができるのか。

  澄み渡った空を越えて、彼女は日本へとやってきた。

 故郷のスイスとは、景色も、言葉も、文化も、生活も。全てが違うこの国へやって来たのは、スクールアイドルになりたかったから。

 あの日見た憧れのスクールアイドルは、エマの心をぽかぽかさせた。そんなアイドルを目指して。スカイブルーの空の下、彼女の夢が始まる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121623p:plain

トランクいっぱいに夢を詰め込んで。

 

Del'incontro

 出会いは、いつだって偶然だ。

 夢で一杯のトランクにも、不安はたくさん潜んでいる。

 道に迷ったエマが出会ったのは、エマにとってこの国で一番最初の登場人物。その女の子は、どこか気高く、ちょっと気難しく、爽やかな空気を纏って、エマの前に現れた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121916p:plain

想いは水。高いところから低いところへと流れていって、心を満たす。

果林「どうかした?」

 言葉は人を癒す魔法である。この果林の言葉一つが、どれほどエマの心を救ったか。

 一人で知らない国に行くことは、とても勇気のいることだ。それでも、エマはスクールアイドルへの想いを勇気に変えて、ここ日本へやって来た。

 どれだけ勇気を持っていても、不安は消えない。まして道に迷ったりしたら、心細くてたまらない。そんなエマの不安を解いて、エマに「ぽかぽか」とした安心をくれたのは、果林だった。

 

 Amica? Famiglia?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121756p:plain

友達なら、冷たさのなかのぬくもりだってわかる。

 友達もまた、偶然のいたずらである。

 みなさんも、思い返してみて欲しい。友達って、別に選んだわけじゃない。家が近かったから。近くの席になったから。同じ部活だったから。趣味が一緒だったから。「たまたま」かもしれない。それでも、人生のなかですれ違って、一瞬でも惹かれあったのなら、それは運命だ。

 果林はエマにとって、日本で一番最初にできた友達である。食堂で会った二人は、次第にいつだってここで会うようになる。少しづつ、共有する場所は増えていく。同じ学生寮に住むエマと果林。エマは、果林の部屋にも訪れるようになった。分かち合うものが増えるほど、二人の仲は深まっていく。

 場所を分かち合えば、時間も分かち合う。エマは、スクールアイドル同好会の活動に果林を誘うようになる。あくまでも「部外者」ながら、彼方にスクールアイドル同好会に入部するつもりだと思われるほどに、果林はスクールアイドル同好会の活動に顔を出すようになる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121721p:plain

「悲しむ顔が見たくない」は、彼女のとって最大級の気持ち。

 果林も、エマにはなみなみならぬ気持ちがあったようだ。同好会廃部に沈んだ顔をみせるエマに、果林はこう言った。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121738p:plain

「そんな顔しないで」

果林「そんな顔しないで。力になれることあるかしら。」 

  エマに笑顔をくれるのは、いつも果林だった。読者モデルに忙しい果林だが、エマの笑顔のためなら労力も時間も割いてくれた。果林の力もあって、エマの笑顔を消してしまっていた同好会の問題も見事解決した。

 それでは、「心」はどうだろうか。彼女たちは、「心」も分かち合えていたのだろうか......?

 

 日本での生活に慣れてきたエマには、大切な居場所もできた。そう、ようやく軌道に乗ってきた、スクールアイドル同好会である。

 愛・璃奈を迎えて9人となった同好会。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121749p:plain

姉妹のように仲がよくて

 それはまるで、どこか懐かしく、

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121954p:plain

お互いを、信頼しあっていて

 そして、8人きょうだいの長女であるエマにはなんだかしっくりくる、

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121854p:plain

8人と、そして......ネーヴェちゃん!?

 そう、まるで家族のようであった。

 だからこそ、エマはこう言うのだ。

歩夢「エマさん、おうちを離れてホームシックとかないんですか?」

エマ「うん、同好会のみんなといると、スイスの妹たちといるみたいなんだもん。いっつもわいわい賑やかで」

  スイスから遥か離れた日本でも、エマは家族のような大切な存在と場所を得ることができた。もっとも、スイスにいるエマの家族はエマがちゃんとやっているのか心配なようだが、それでも、エマはしっかりと、日本で自分の夢をつかみはじめていた。

遠く離れたこの街 きっとそれは変わらない

大地を吹き抜ける風 生きる人も

  場所は変わっても、空はどこかで繋がっているし、きっと大事なことは変わらない。希望でいっぱいのエマの新生活は、新しい「家族」に彩られながら、少しづつ加速していくのだった。

 

Sogni belli

 エマの夢、それは「人の心をぽかぽかさせるスクールアイドルになること」。

 虹色のスクールアイドルは、それぞれの夢を目指して、スクールアイドル活動をしている。目標のライブを目指して、まずは知名度を上げるためにPVの撮影。それぞれの魅力とこだわりを形にして、虹色のPVを作っていく。

侑「エマさん、家族にみせるのにもいいんじゃない?どんなPVにしよっか」

エマ「え!うーん。どんな、かあ......」 

 エマに出せる色は、どんな色なのだろうか。エマには、どんなことがアピールできるだろうか。エマの理想のスクールアイドル探しが始まる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107122034p:plain

譲れないこだわりは、ある。

エマ「私ね、人の心をぽかぽかさせちゃうようなアイドルになりたいと思ってて」

「でも、それがどんなアイドルなのか、よくわからなくって」

  「ぽかぽか」を届けるスクールアイドル。目標は決まっていても、それを具体的にどうやって表現するのかは難しい。みんながそれぞれ違う色を持つニジガクのメンバーは、「ぽかぽか」のイメージもそれぞれ全く違うようだ。答えは、エマが自分で見つけるしかない。

しずく「演劇だったら、衣装を着るとイメージ湧いたりするんですけどね」

エマ「それなら......」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121802p:plain

こころに浮かんだのは、あの笑顔。

 エマはここで、衣装を着るというアイデアがしっくりきた、というわけでもなさそうだ。「それなら」という言葉は何を意味しているのか。「それなら」以下はどう続くのか。きっとこうではないか。

 

 「それなら、果林ちゃんに聞いてみたらいいかも!」

 

 恋人とは何かと理由をつけて会いたいと言うが、それは恋人だけに限るまい。友達だって、何かと理由をつけて会いたいものだ。必要な時にしか会わないんじゃあ、あまりに寂しすぎる。

 エマは、これまでも何かといっては果林を同好会に巻き込んで、一緒に過ごしてきた。もちろん、エマはできれば果林と一緒にスクールアイドルをしたいと思っているだろうが、こうやって誘っているのは必ずしもそれを計算してのことではない。エマは果林と少しでも一緒にいたい、それだけなのだ。

 メンバーがそれぞれの「ぽかぽか」を挙げる中で、一番最初にエマの頭の中に浮かんだ人。エマは決して自覚していないと思うが、答えはもう出ているのだ。答えはエマの中にある。エマにとって心をポカポカさせてくれるものは、あの日にエマの心をポカポカさせてくれた、エマにとって最初の友だち。そう、果林その人なのだ。

 

Il cuore

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121726p:plain

ミナリンスキーの強力ライバル登場!?

 果林のつてによって、エマたちは服飾同好会に協力してもらえることになった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121600p:plain

和も、洋も。まさに二刀流。

 どんな服も似合うエマ。喜ぶ同好会メンバーをみて、エマは「心をポカポカにする」が、少しわかり始めた気がした。

 しかし、すぐにエマは違和感に気づく。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121859p:plain

「騒がしいのは苦手」......なの?

 写真撮影を拒み、出ていってしまう果林。いろいろな衣装でメンバーの心をポカポカにすることはできても、果林のこころをぽかぽかにすることは、できなかったような気がしたのだ。

 

 違和感が確証に変わるのは、その日の夜。

 いつも通り、果林の部屋を訪れたエマ。そこで、エマはスクールアイドルの雑誌を見つける。かねてより、果林とスクールアイドル活動をしたいと思っていたエマ。誘って一緒に活動をして、エマは、もしかしたら、果林がスクールアイドルに興味があるのかもしれないという推測をもっていた。スクールアイドルの雑誌を見たエマは、ついに思い切って踏み込んでみることにする。このあたりのバランス感覚は、告白に近いものがあるかもしれない。エマは、思い切って勝負をかけたのだ。

 しかし、それは思わぬ衝突をもたらす。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121905p:plain

想いが届かないことも、ある。

 エマ「もしかして興味ある?だったら入ろう!同好会。すっごく楽しいよ!みんな本気でスクールアイドルやってて......」

果林「ないわよ、興味なんて全然。その雑誌は、エマのためになるかと思っただけ」

エマ「でも......」

果林「私、読者モデルの仕事もあるし、スクールアイドルなんてやってる暇ないの。知ってるでしょ?」

エマ「そっか......いつも手伝ってくれてたから、もしかしたら一緒にできるのかもって」

果林「頑張ってるエマを応援したいと思っただけよ。そんな風に思われるのなら、もうやめておくわ」

エマ「果林ちゃん.......」

果林「それ、持って行っていいわよ。衣装の参考にでもして。それと、もう誘わないで」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121843p:plain

どっちが、本当の果林ちゃんなの......?

 エマがスクールアイドル活動をすることは、果林の心をぽかぽかにするどころか、果林を傷つけてしまっていたのか......?こころにもやもやを残したまま、PVの撮影は始まった。エマの「人のこころをポカポカさせるアイドル」がどんなものなのかも、答えは出ていなかった。衣装をひとつに絞れなかったのは、それを象徴している。エマの頭のなかは、果林のことでいっぱいだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121645p:plain

侑と彼方は、エマの異変を見逃さなかった。

 

Ridere!

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121927p:plain

それは、扉を開く手紙。

 一枚の紙が、エマの背中を押した。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121657p:plain

 確かに、果林はいつだってクールだった。読者モデルのイメージ通り、ちょっと素っ気なくクールでストイックで、突然のファンにもスマートに応対して。みんなが果林に持つイメージがこちらなのは、間違いなかった。

 しかし、エマは果林の違う一面にも少しずつ気づいていった。おせっかいに親切にしてくれるところ。冗談をいったりもするところ。親友のためなら一肌脱ぐ熱い気持ち。部屋は意外に片付いていないし、だらしないところだってある。

 まだ、「心」は分かちあえていなかった。果林の気持ちの奥まで、エマは入っていけなかった。拒絶されてしまった。それでも、エマは「本当の果林」を見たい、受け入れたい、そう思っていた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121848p:plain

今、一番興味があることは......スクールアイドル。

 エマは、間違っていなかった。果林の下へ駆け出す。学園から学生寮までの道。もう、迷わない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121941p:plain

もう、迷わない。

 アンケート用紙を探す果林。そこに、エマがやってくる。

エマ「来て!」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121710p:plain

 運命のドアは、力いっぱい開かれた。

果林「ちょっと、一体なんなの?」

エマ「今日、私に付き合って。お願い」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121509p:plain

 デートの舞台は、もちろんお台場。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121636p:plain

二人の冒険が、始まる。

 見たいのは、その笑顔。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121818p:plain

いっぱい食べる君の笑顔が、好き

Q3:休みにやってみたいことは?

「友だちと思い切り遊ぶ

お台場をブラブラ食べ歩いたり」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121922p:plain

果林はやっぱりあんまり食べなくて、いっつもたくさん食べているのはエマだけど

 確かめたいのは、本当の気持ち。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121743p:plain

エマといる果林は、いつもより輝いてみえて

 「本当の果林ちゃん」はどっち......?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121830p:plain

やっぱり、そうだよね

 次第に、自然な笑顔は増えていって。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121525p:plain

エマは、そんな果林を見ていて

 今、エマのなかでそれは確証に変わった。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107122015p:plain

それは、ふたたびの告白

果林「こんなに遊んだの、久しぶり」

エマ「果林ちゃん。これ、果林ちゃんのでしょ?もらった雑誌に挟まってたの。それって、本当の気持ち?一番興味があるのがスクールアイドルって」 

  エマには、覚悟が決まっていた。覚悟を決めた人の放つ言葉は、強い。今度は、今度こそ、エマの言葉は、まっすぐ果林へと届いていく。

 そして、これはエマにとっても大切なことだった。

 エマ「前に言ったの、覚えてる?私、見てくれた人の心をポカポカにするアイドルになりたいって。でも、私は一番近くにいる果林ちゃんの心も温められてあげられてなかった。そんな私が、誰かの心を変えるなんて、無理なのかもしれないけど」

「果林ちゃんの笑顔、久しぶりに見たよ。私、もっと果林ちゃんに笑っててほしい!もっともっと、果林ちゃんのこと知りたい!」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107122009p:plain

エマの言葉は、果林の心の奥の奥まで届いた

  果林は、ついに自分の、本当の気持ちをエマに話した。はっとしたエマの表情は、エマが望んでもこれまで得られなかったことの一つが今、果たされたことを示す。それでも、果林はまだ自分の気持ちから逃げていた。果林は「悪いのは私」とエマに謝る。果林は、まだ自分の気持ちから逃げていた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107120319p:plain

まだ素直になれない果林は、まっすぐなエマに背を向ける

 果林には、分かっていないことがある。いや、実は分かっているのかもしれない。エマが欲しいのは、一つは果林の心をポカポカにして、本当の気持ちを知ること。そしてもうひとつは、果林自身なのである。スクールアイドルとして、果林と一緒にスクールアイドルをする。それが、果林が真っ直ぐ自分の気持ちと向き合うことであり、エマの望むことなのだ。スクールアイドルから逃げているようでは、エマの夢も、果林の笑顔も、手に入らない。果林の心も、エマの心も、「ポカポカ」にはならないのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107120307p:plain

エマは、果林を包み込む

エマ「どんな果林ちゃんでも、笑顔でいられればそれが一番だよ。だから、きっと大丈夫」

「もっと果林ちゃんの気持ち、聞かせて!私に」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107120235p:plain

エマが果林の心をポカポカにする、その瞬間

 

La Bella Patria

きっとこの場所で

夢が待ってる

澄み渡る空を越えて

伝えたいの もっと

 

まだ知らない 運命のドア

開いたなら(ドキドキだね)

広がる世界

ちょっと怖い でも

トランクいっぱいに

詰め込んだ思い出

ぎゅっと抱きしめて

 

高鳴ってく(胸の中)

自分の気持ちに(もう)

ウソをつくのって

すっごくむずかしいね(そうでしょ?)

心に耳をすませて

 

きっとこの場所で

夢が目覚めてくから

光り出す(瞬間へ)

この手を伸ばすの今

叶えていくんだ 

これから何が起こっても

ゆずれない(この想い)

勇気にかえていこうよ

La Bella Patria

この歌声 届くように 

 『La Bella Patria』は、「美しい故郷」という意味。果林へのメッセージだが、この曲は同時にエマの想いを歌ったものに見える。エマは、どうして果林にこの曲を、自分の故郷・スイスのことを歌い、届けたのか。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107120255p:plain

エマの、とびきりのやさしさを届けるために

目を閉じれば思い出す 故郷の景色

それだけで優しくなれる あなたにも 誰にも 

 それは、きっとエマが果林に、とびきり優しくなりたかったから。やさしく果林を包み込んで、「ぽかぽか」を届けたかったから。

  これが、エマにとっていちばんの方法。たった一つの、「ぽかぽか」を届けるやりかた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107120414p:plain

 どこまでも広がっている、エヴァーグリーンと空。澄み渡っている、スカイブルーの空の下。それは、エマが誰かに、みんなに、果林に、いちばん優しくなれる場所。

 エマは、そんな大切な場所から、果林に歌を届けた。果林を優しく包み込んだ。果林をせいいっぱいの力で「ぽかぽか」させた。

 

 始まりは、あの日のスクールアイドル。「ぽかぽか」をくれたその子をみて、エマの中には譲れない思いが芽生えた。

 思いを、勇気に変えて。エマは、一人で日本へとやって来た。これは、すごいことだ。並大抵の勇気ではない。

 道に迷ったとき、また「ぽかぽか」をもらった。優しくて、友達思いで、でも不器用な女の子。その子はいつだって、エマを助けてくれた。エマの夢は、そんな暖かい風を受けて、順調に大海原へと漕ぎ出した。

 

 今度は、エマが「ぽかぽか」を返す番。先に「ぽかぽか」をもらって、思いを勇気に変えたのはエマ。そんな勇気で、今度は果林の背中を押してあげたい。凍らせて仕舞い込んだ果林の心を、とびきり暖かく抱きしめて溶かしてあげたい。果林の思いが勇気にかわったなら、歩調を合わせて一緒に歩いていきたい。

 そのために、エマはめいっぱいのやさしさを、心を込めて歌う。自分の故郷の景色を、「ぽかぽか」をもらった瞬間を、手にした勇気を、想いながら。

 果林「スクールアイドル、できるかしら、私に」

エマ「やりたいと思ったときから、きっともう始まってるんだと思う」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121618p:plain

エマの夢

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107120216p:plain

果林の夢

二人の夢は、もう始まっているのだ

 

今しかできないことを

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121439p:plain

「当然よ?私が撮ったんだもの」

 果林が撮ったエマのPVは、エマが目指すスクールアイドルの答えになった。スイスからエマを心配する家族にも、エマの「ぽかぽか」は届いた。再生数もうなぎのぼりのようだ。「みんなをぽかぽかさせちゃうようなスクールアイドルになりたい」というエマの夢は、また一歩前進した。

 果林も、ついにスクールアイドル同好会の一員になった。新たなライバルに先制攻撃をしかけるかすみに、果林はこう豪語する。

果林「 モデルでもスクールアイドルでも、トップを取ってみせるわ」

  ところで、「今しかできないこと」って、何だろう。その答えは、5話のストーリーのなかではなかなか見つけることができない。

 しかし、ラブライブ!において今しかできないことと言えば、答えは決まっている、そう、「スクールアイドル」である。

 果林は読者モデルに忙しいが、読者モデルは部活ではない。高校を卒業して大学に入っても続けていくことだし、果林は相当人気モデルのようだ。果林はモデルを職業として、人生の長きにわたってやっていくのかもしれない。

 しかし、スクールアイドルは違う。スクールアイドルは永遠ではない。高校を卒業してしまったら、彼女たちは「アイドル」にはなれるかもしれないが、それはもう「スクールアイドル」ではない。永遠でないからこそ、スクールアイドルは強く強く輝くのだ。

 そして、時間が限られているのはエマもまた同じである。スイスからはるばるやってきたエマだが、留学というのはそもそも期間限定のものである。同じ大学へ進めればそれが一番だろうが、決してエマの進路が日本にあるとは限らない。高校を卒業したら、彼女はスイスに戻ってしまうかもしれないのだ。

 だから、「今しかできないこと」は、スクールアイドルであり、そしてエマと果林が一緒に過ごす時間でもある。だからこそ、エマは果林に、自分に素直になってスクールアイドルをしてほしいと願った。エマも果林も、このかけがえのない時間がけっして永遠には続かないことを知っている。どんな気持ちが、どんな事情があったとしても、過ぎてしまった時間は取り戻せないのだ。

別々の道をゆく その日がくるとしても

かけがえのない今日は 二度とこない! 

  彼女たちは、かけがえのない今日を生きている。夢に向かって駆けるその時間は、甘くて、ときにほろ苦くて、そして愛おしい。限られた時間。だからこそ、彼女たちは全力でその道を駆け抜けられる。エマの勇気も、思い切ってぶつけた思いも、果林の悩みも、夢に向かって努力する時間も。「今しかできないこと」だからこそ、輝くのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201107121733p:plain

今を生きる彼女たちは、輝いている

 

出典一覧

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第1,2,5話より引用。

歌詞は『La Bella Patria』作詞:Ayaka Miyake、『Evergreen』作詞:Ryota Saito,近谷直之

七色の虹を照らす太陽 TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #4 「未知なるミチ」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #4 「未知なるミチ」

 七色の虹を照らす太陽

 

もくじ

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

 

第3話の記事はこちらから↓

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

 『DIVE!』にくぎ付け。でもそれだいぶ違うかも...?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224727p:plain

輝きを、見つけた。

 優木せつ菜が「はじまりの歌」として、虹ヶ咲学園の屋上で情熱的なパフォーマンスをみせた『DIVE!』。

 せつ菜が届けたかった「大好き」は、二人の少女へ届く。天王寺璃奈と、宮下愛。2人に「スクールアイドル」の姿は、強く強く刻み込まれた。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224720p:plain

愛は、周りを見ていた。

 しかし、愛が受け取ったのは、璃奈とも、あるいは侑とも、違うものだった。

 『DIVE!』のステージにくぎ付けになる二人。しかし、璃奈が真っ直ぐステージのせつ菜を見つめるのに対して、愛はせつ菜を見つめるのはもちろん、周囲を見回している。周りの生徒はみな、せつ菜に夢中である。

 

 この愛の行動は、侑と比べてみても面白い。

 1話の『CHASE!』のステージで、せつ菜のパフォーマンスに衝撃を受けた侑。演出は想像の世界に入り、その世界には侑とせつ菜しかいない。侑にはせつ菜しか見えていない。侑はせつ菜を、そのパフォーマンスを、それだけを見て、それだけに魅了されているのだ。

 

 しかし、愛は違う。愛が見ているのは、せつ菜一人ではない。

愛「屋上から聴こえる歌に、盛り上がってるみんなを見て、自分も未知なる道にチャレンジしたいって、そう思ったんだ」

 愛は、「盛り上がっているみんな」を見たから、スクールアイドルを志した。

 それぞれの形でときめいた愛と璃奈は、スクールアイドル同好会に入部することになる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224931p:plain

愛さんはやってみたい!

 

ヒーローは、浅く広く。

 ようやく始動したスクールアイドル同好会。そこに、入部希望の愛と璃奈がやってくる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225108p:plain

大歓迎のニューカマー

愛「ところで、スクールアイドル同好会って、何するの?」

せつ菜「えーっと、実は今、それを探しているところでして......」

  しかし、一度はバラバラになってしまった同好会はようやくの再始動。手探り状態の活動。まだまだ前途は多難だった。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224516p:plain

ライブがやりたい。かすみんはかわいい。

 まだ何も決まっていない同好会。そんな彼女たちのとりあえずの目標は、ライブをすること。

 しかし、やりたいライブの内容すら、メンバーの方向性は揃わない。かすみの全国ツアー、輪になって踊りたいエマ、演劇大好きのしずく、すやぴな彼方、大好きが「爆発」するせつ菜、「かわいい」の歩夢......。

愛「みんな言ってること全然違うけど、すごいやる気だねえ」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225034p:plain

愛はときどき鋭い。

 愛はときどき鋭い。「方向性の違い」をクリティカルに指摘され、同好会メンバーははっとする。しかし、この愛の発言には深い洞察はないと思う。単純に、愛はみんなの熱意にびっくりしているのだ。

 同好会のメンバーは、みんな「スクールアイドル」に対して強いこだわりを持っている。それは譲れないこだわりである。だからこそ、歩調を合わせようとした彼女たちはぶつかり合ってしまった。彼女たちにとっては、ぶつかってしまったことは苦い思い出なのであるが、愛にとっては七色の譲れないこだわりと情熱を持つ彼女たちとの出会いはとても新鮮なのだ。

 

愛「とにかく、楽しいのがいいかな!」

 侑に意見を求められて、「楽しい」ライブにしたいという愛。

 「楽しい」というのは、誰にでも平等に分かちあうことのできる感情だ。愛の挙げた「楽しい」にメンバーがまたはっとさせられるのは、きっと本来のアイドルグループ、あるいは部活動ならこういう普遍的な感情を共有することで一つになり、歩調を合わせて目標を目指していくからだ。彼女たちには、それができなかった。何度でもいうが、これは良し悪しの問題ではない。人間は、生きていける道で生きていくしかない。一色ではなく七色の道を歩いていくことが、彼女たちの唯一の道なのだ。

 愛はそんな多様性の中ではやはり異色である。愛の持つ才能は、どちらかと言えばグループで何かひとつのことをなしえる時に発揮される。この力は、「協調性」と言い換えてもいい。愛は共感力が高く、いつも周囲に目を配っている。彼女が1人入るだけで、グループとしての一体感は段違いに向上するだろう。

 しかし、「普遍性」は強さであり弱さでもある。「普遍性」を持っている限りは、それはオンリーワンになり得ないからだ。むしろ、オンリーワンになり得ないからこそ、それは普遍性たり得るし、協調性を発揮できる。「協調性」の世界に生きてきた愛にとっては、それぞれに譲れないこだわりを持つ同好会メンバーとの出会いは、未知との遭遇といっても過言ではないものであった。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225047p:plain

「特訓」も、また七色。

 彼女たちは、「特訓」をするにあたっても意見が合わなかった。

 結局、エマの提案した「グループに分かれて練習する」という解決策によって、彼女たちは理想のライブに向かって特訓を重ねていくことになる。

 ところで、このシーンはなかなか興味深い。「歌の練習がしたい!」と想像以上の積極性をみせる歩夢は、後のシーンでランニングにも躊躇をみせるあたり、運動は苦手なのであろうか。一方「ダンスかあ......」と逡巡をみせる彼方は、きっちりエマ・果林とダンス練習に参加している。結果的には学年別になっているこの特訓のシーンだが、それぞれの特訓がどういう経緯で決まったのか、想像は深まるばかりである。

 

 さて、本題に戻ろう。

愛「私たち、全部参加してもいい?」 

 愛は、璃奈とともに全ての特訓に参加することを希望する。他のメンバーは自分の「やりたい特訓」を選んだのに反して、愛はどれか一つを選ぶのではなく、全てをやることを望んだ。ある意味では、これは稀有な「積極性」だ。きっと全ての特訓に参加するのは、一つの練習に参加するより大変だろう。しかし、別の視点、そして少し意地悪な視点から見れば、自分の意思で参加する練習を選んだ他の同好会メンバーと違って、彼女は自分のやりたい特訓をひとつに選べなかった。

 各班の練習はそれぞれ別の時間に行われているのではなく、放課後の部活動の時間に並行して行われているはずだ。3つの特訓すべてに参加した愛と璃奈は、一日であわただしく移動していったか、あるいはそれぞれの日に別の特訓に参加したということになろう。各特訓ごとの濃度は、1/3になっているはずだ。強いこだわりを持つ他の同好会のメンバーは「狭く深く」であるのに対し、彼女のスタンスは「広く浅く」なのである。彼女の大きな特徴は、ここにも見て取れる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225137p:plain

愛の指導は、教育という観点からみても完璧である。

 「部室棟のヒーロー」とまで称された彼女は、ダンスの練習でその高い能力の片鱗を魅せている。柔軟運動に苦戦する璃奈と彼方に対して、お手上げ状態のエマと果林。一方愛は見事に柔軟運動をこなしてみせたあと、彼方と璃奈にたいしては適切なアドバイスをしたうえで、確かな「成長」を実感させ、それをモチベーションにして練習に対する意欲を高めている。まさに完璧な指導である。しかし、完璧であればいいというわけでもないのが、人間の難しいところだ。愛は、完璧であるが故の苦悩にみまわれることになる。

 

 文武両道ってどうなの?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225018p:plain

「部室棟のヒーロー」

 とにかく、愛は完璧である。

 「部室棟のヒーロー」である彼女は、友達も多く、部活の助っ人に引っ張りだこ。どんな競技でもこなし、学内にファンも多そうだ。それでいて、先述したように、愛は人に教えるのもとびきり上手である。天才肌で高い能力を持つ人は往々にして習得の苦労を知らず、指導に苦戦するといった話もよく聞くが、彼女にそれは当てはまらない。それだけ人気があっても、彼女は気取らない。人付き合いのあまり得意ではない璃奈と親友であることからも、愛の懐の深さが伺える。きっと、人を選ばずに誰とでも仲良くなって上手くやっていけるタイプなのだと思う。それに、愛は成績もよい。テストでは90点以上の好成績を残している。まさに文武両道、才色兼備。学園のスターにこれ以上相応しい女の子はなかなかいないだろう。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224815p:plain

「完璧」もまた大変だって、ほんと......?

 しかし、完璧故の苦悩もある。それは、「なんでもできてしまう」ということだ。

 進むべき道を選ぶとき、私たちは自分の意思と、それから適性とを天秤にかける。二つのフィルターによって、私たちが選ぶ道は初めから選択肢が絞られる。

 例えば、「かわいい」を目指すかすみは、せつ菜の目指す「大好き」を伝えられるアイドルのレベルに応えることはできなかった。これは、決してかすみがせつ菜より劣っているわけではない。お互いに持っている能力が、特徴が違うだけだ。だからこそ、かすみは「かわいい」を選び、せつ菜は「大好き」を伝えることを選んだ。同好会メンバーには、こうやって、自分の道を追求するメンバーが揃っている。彼女たちは自分たちが進む道を、進まなくてはいけない道を、他ではありえない道を、歩いている。だからこそ、足並みは揃わない。彼女たちは同じスピードで、違う道を歩いているのだ。

 しかし、愛にはまだ自分の道が分からない。それは、愛にはどの道だって歩いていける力があるからだ。そして、彼女は誰かに求められるままに、いろいろな道を歩いてきた。それが彼女の望みでもあった。そして、彼女はどんなことだってできた。彼女はきっと、無私にみんなの期待に応えてきたのだろう。人に助っ人をお願いされれば、なんだって断らずに受けてきた。それゆえ、彼女はスクールアイドル同好会に入るまでに特定の部活に参加していた気配がない。彼女のスマホの待ち受けが妙にシンプルなのも、もしかしたら、彼女には「趣味」と呼べるようなはっきりとしたものがないことを暗示しているのかもしてない。今、そんな彼女が何かを感じて、七色のスクールアイドル同好会に飛び込んできたのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223242j:plain

彼女の待ち受けは、とてもシンプルなものだった。

 

 正解がないって人生、意外といいかも......?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224549p:plain

「害論」ではないことを祈る

 かすみとしずくによる特訓は、座学のようだ。ところでこれ、何の特訓なんだろうか?愛と璃奈がいない時、ふたりでどんなことをしてるの......?

 それはさておき、かすみ先生による講義は、とても示唆に富んでいる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224821p:plain

「かすみ先生」はまた、しくじり先生でもある。失敗と内省を経た言葉。だから、その言葉には真理がある。

かすみ「スクールアイドル同好会には何が必要なのか答えなさい!」

 かすみは、しずくの答えにも、璃奈の答えにも、正解と告げる。どころか、愛の「わからない」という、授業なら絶対に正解にはなり得ない答えに対しても、正解であるというのだ。正解は一つではないし、わからないのも正解とは、どういうことなのか。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224511p:plain

「わからない」が、正解!?

かすみ「今の質問には、はっきりした答えなんて無いんです。ファンのみなさんに喜んでもらえることなら、どれも正解ってことです」

愛「へえ~、奥が深いんだね!」

  「はっきりした答えが無い」と聞いて、みなさんはきっとくすっと笑ったことだろう。あるいは、かすみの成長にほほえんだかもしれない。彼女たちが、「スクールアイドルには答えが無い」という答えにたどり着いたのは、つい最近だ。彼女たちは、ラブライブ!出場を目指して努力を重ねていた。彼女たちはラブライブ!参加のために正解を探し、そして行き詰った。部長・せつ菜が正解だと思っている方法は、みんなの理解を得られなかった。彼女たちはお互い衝突し、それによってお互いの「違い」を分かりあって、「答えが無い」という正解を得たのだ。

 

 そろそろ、ソロアイドルの話をしようか。

 彼女たちにはもう、グループで活動するという選択肢は残っていなかった。

愛「かすみんが、アイドルはどれも正解って言ってたけど、実際その通りっていうか。

みんなやっぱりタイプ違うけど、すっごく優しくておもしろくて、そこが最高って感じだし、このメンバーでどんなライブすることになるんだろうって、考えただけでめっちゃわくわくするよ!」

彼方「愛ちゃんは鋭いねえ」

 同好会廃部を経験していない愛は、スクールアイドル同好会の「経緯」を知らない。しかし、いつか知らなければならないし、同好会のメンバーからすれば、いつか話さなければならないことだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223943p:plain

彼女たちの傷はまだ、かさぶたのままで、完全に癒えてはいないのだ。

 彼方が愛のことを鋭いというのはそういうことだ。愛は誰かがそのことを説明する前に、経緯を知らないにも関わらず、この同好会の抱える問題に気づいた。もちろん、愛はこの時もなにか深い考えがあって言ったわけではないだろう。愛は単純にこれまでとは違う環境を楽しんでいる。しかし、これはスクールアイドル同好会に正式に「入部」している愛にとっても、避けては通れない問題であった。

 

 かすみ「ソロアイドルですか......」

せつ菜「私たちだからできる、新しい一歩です。部員一人ひとりが、ソロアイドルとしてステージに立つ。その選択肢は、みなさんの頭の中にもあるはずです」

かすみ「はい。でもそれって、簡単には決められないことですよね」

 どうして「簡単には決められない」のか。進む道は一つとわかっていながら、踏み出すことができないのか。

 それは、やはりソロアイドルのハードルの高さによるものだ。ソロアイドルは、一人でステージに立たなければならない。そこには、グループの全員による何倍ものパワーもなければ、メンバー同士が呼応しあって発動するシナジーもない。ステージに立った等身大の、偽りのない一人の力で、ファンと対峙する。ソロアイドルの難しさは、ニジガクの2ndライブでも痛感したものだ。ソロアイドルのステージは、どこまでも孤独だ。自分の内側にある輝き、それだけで、観客席を照らさなければならない。

 

 そんな事実に沈み込むメンバーに反して、愛が反応したポイントは、これまた少し違う点だった。

彼方「グループはみんな協力しあえるけど、ソロアイドルは誰にも助けてはもらえないだろうし」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223523p:plain

「助けてもらえない」。それは、初めて直面する世界。

 愛がはっとした表情を見せるのは、彼方のこの発言のあとだ。愛にとってのキーワードは、「助ける」なのだと思う。

 宮下愛は、文字通り最強の「助っ人」だった。彼女は、人を助けることで生きてきた。それが彼女の生きがいであり、彼女のアイデンティティーだった。どこかの部活に所属することなく、様々な部活で助っ人として活躍する。困っている人を見つけたら、すぐに助ける。それが、宮下愛の生き方だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224847p:plain

「手伝う」が、彼女の本質なのだ。

愛「やるからにはばっちり頑張るし、みんなのことも手伝うよ!」

 こういってスクールアイドル同好会に入部してきた愛。愛は、スクールアイドル同好会ににおいても、「助っ人」の意識をもって参加してきた。だからこそ、愛にとって同好会の活動は新鮮だった。彼女たちは、お互いがそれぞれ別の道を目指す。そして、彼女たちの目指すソロアイドルのステージは、「助け合えない」ひとりのステージだというのだ。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224713p:plain

「完璧」故の苦悩

 愛にとって、これは青天の霹靂だった。それまでの常識がひっくり返ってしまったと言ってもよい。

 なぜなら、「誰かを助ける」という軸を失ってしまった瞬間、愛が自分がどんなスクールアイドルを目指せばいいか、てんでわからなくなってしまったからだ。

 愛はこれまで、「正解」を出し続けてきた。スポーツも勉強も、愛にとっては「正解」のあるものだった*1。そして、「人を助ける」ことが彼女にとっての正解だった。つまり、彼女の価値基準は自分の内側には存在しない。外側に存在しているのだ。彼女が『DIVE!』のステージでせつ菜ではなく魅了される観客を見ていたのも、目指すスクールアイドルに「楽しい」という普遍的な感情を挙げたのも、特定の部活に所属せずに助っ人を続けていたのも、それは彼女が常に自分の「外側」に影響されてきたからだ。ある意味で、彼女の内側は空虚だった。彼女は空虚だからこそ、どんなスポーツにも、勉強にも万能の能力を発揮し、そして誰とでも仲良くなっていけるのだ。

 そんな彼女が目指す「ソロアイドル」。これは彼女にとって初めて、自分の「内側」を見つめる機会だったのかもしれない。

 

「未知なるミチ」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224530p:plain

愛は、苦悩した。

 ソロアイドルの話を聞いてからというもの、彼女は悩みに悩んだ。授業を受けている間も、土曜日のランニングに向かうまでも、彼女はずっと悩んでいた。

 そんな彼女に「内側」の世界を与えてくれたのは、エマだった。

 待ち合わせより2時間も早く家を出た愛は、走ってレインボー公園に向かった。そして、1時間の余裕を残して到着した。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223548p:plain

実際は、エマとの会話は30分以上はあったのではないか。

 そして、レインボーブリッジの上で、同じように早く到着していたエマと出会った。

 エマは優しく、愛にソロアイドルの話を聞く。愛は、こう答えた。

エマ「昨日はソロアイドルって聞いて、驚いた?」

愛「たしかに驚いたけど、一番驚いたのは自分に対してなんだよね。同好会のみんなが悩んでいるのって、自分を出せるかってことでしょ?

今まで色んな部活で助っ人やってたけど、考えてみたら、みんなと一緒にやる競技ばかりでさ。いやあ、めっちゃハードル高いよねえ」

 「自分をどう出すか」を考える同好会メンバーを見て、愛は「驚いた」。愛は、これまで「自分をどう出すか」ということをまったく考えてこなかったからだ。愛は、「みんなとどうしようか」ということをいつも考えてきた。そして、それが愛の一番の魅力だった。

 だから、愛は「自分を出す」ということをハードルが高いと感じていた。愛にとっては、まだ人生で一度もやったことも、いや考えたこともない道。そう、まさに「未知なるミチ」なのだ。

 

 答えは、愛らしく自然と、偶然的に、見つかった。

エマ「そろそろ走ろっか。9時だし、もう行く時間だよ?」

愛「うける!「ソロ」で「そろそろ」、「9時」だしい「く時」間って、ダジャレだよね!しかも上手いし」

エマ「全然気づかなかったよ」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223536p:plain

エマが、みんなが気づかない「楽しい」を見つける、そんな力。

 愛が内側に持っている力は、「楽しい」を見つけることだ。愛は、楽しいことが好きなだけじゃない。楽しいことを見つけることが、誰よりも上手なのだ。エマは、まさか自分の発言がダジャレだなんて、気づきもしなかった。この力は、他の同好会メンバーにはないものだ。愛が同好会に入ったことで、一気に同好会は明るくなった。それは、愛がいつだって肯定的で、かつどんな子にも親しく接し、あだ名をつけ、それぞれのメンバーを理解するように努め、距離を縮めたからである。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225102p:plain

この一体感こそ、愛の力なのだ。

 4話全体でほのぼのとした同好会の日常が描かれたのは、それ自体が愛がもたらしたものだからだ。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224445p:plain

エマの答えに付け加えることは、ない。

 最後の答えは、エマが教えてくれた。

エマ「私たち、いろいろあって、ようやくスタートラインに立ったばかりなんだ。みんなが不安で、でもほんとうは、それと同じくらい、これからに期待してると思うんだ。そうじゃなきゃ、悩まないもの。まだ、一歩を踏み出す勇気が出ないだけ。愛ちゃんが来てから、同好会のみんなの笑顔、すっごく増えてるんだよ?」

愛「そうなの?自覚ないけど」

エマ「ないからすごいんだよ」

 

愛「そんなことでいいんだ!誰かに楽しんでもらうのが好き。自分が楽しむことが好き。そんな楽しいを、みんなと分かち合えるスクールアイドル。それができたら、あたしは未知なる道に、駆け出していける......!

「ミチ」だけに!

 愛の答えは、最初から愛の中にあった。「楽しい」という普遍的な感情でも、それを見つける天才なら、それだけでもう、オンリーワンのアイドルなのだ。なにか特別な個性を、強いこだわりをもっていなくてもいい。なにより、そんな愛が虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会にいることが大事なのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102225042p:plain

彼女は、太陽になりたい。

 虹が輝くのは、太陽の光に照らされるからだ。「太陽になりたい」と愛が歌うように、宮下愛は、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会にとっての太陽なのかもしれない。愛自身には、強い色はない。むしろ、愛はたくさんの「色」を理解して、それを共有して、それぞれを繋いでいける。彼女は決して「スクールアイドル」像を持っていないかもしれない。「色」を持っていないかもしれない。しかし、それもまた「正解」なのだ。彼女は虹を照らす太陽の、オレンジ色の光なのだ。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224502p:plain

ひとりだけど、ひとりじゃない。みんなを巻き込む力が、愛にはある。

愛「みんなと、一緒。ステージは、ひとりじゃない!

 そんな彼女が出した答え『サイコーハート』は、早速虹を照らすことになった。彼女の「楽しい」を見つけて、共有する力があれば、ソロアイドルのステージは決して一人ではないということを示したのだ。このステージは、彼女たちに勇気を与えた。

侑「すごいね.......あれが愛ちゃんのステージなんだ!

私、みんなのステージも見てみたい。ひとりだけど、一人ひとりだからこそ、いろんなこと、できるかも!そんなみんながライブをやったら、なんか、すっごいことになりそうな気がしてきちゃった!

 「未知なるミチ」に向けて、愛はもう走り出している。虹色のメンバーも、太陽を追いかけて今、走り出したのだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224408p:plain

虹色はいま、太陽の光を追いかけて、走り出す。

 

 「笑いのレベルが赤ちゃん」な侑にダジャレを披露する愛。入部当初は自分の「特訓」を選べなかった愛も、遂に自分の「特訓」を見つけた。スクールアイドル・宮下愛の物語は、もう動き出しているのだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223954p:plain

遂に愛も、自分だけの「特訓」を見つけた。そしてそれは、愛が自分だけの「スクールアイドル」を見つけたということだ。

二頭体制に、どうなる高咲侑。

 ここからは余談だが、4話はこれまでの三話と大きく構成が異なっているように感じた。高咲侑の出番が圧倒的に少なくなっているのだ。

 1話~3話では、それぞれの話を担当する歩夢・かすみ・せつ菜と、侑との個人的関係を軸にして話が進んだ。もちろん、背後には探偵果林の暗躍やかすみとせつ菜の関係など、伏線的な要素はあるのだが、基本的には侑と、それから各回のヒロインとのやり取りが中心だった。それゆえ、すっきりして無駄のない構成と感じた視聴者も多かったのではないだろうか。

 しかし、その様相は4話ではっきりと変わった、これまでヒロインと対峙し続けた侑は、登場人物のひとりといった立ち位置に落ち着いた。その分、エマや彼方といったメンバーが愛とコミュニケーションをとり、ストーリーの鍵となった。

 一つの理由は、愛自身は侑を必要としないということだ。愛は、人を助ける女の子だ。すくなくとも今の時点では、侑の助けは必要としていないのだ。誰かを助けるという点で、愛と侑は非常に似たところがあるといえよう。

 もう一つは、新同好会の動向である。この点を少し掘り下げてみたい。

 一度廃部になる前のスクールアイドル同好会の部長はせつ菜だった。しかし、一度廃部になる間にかすみが新しく二代目のスクールアイドル同好会を立ち上げ、かすみは自称「二代目部長」となった。せつ菜はそれに合流する形で、同好会に復帰したのだ。

 書類上、どういう処理になっているのかは知りようがないが、4話におけるスクールアイドル同好会は、かすみとせつ菜の2人によって運用されている。どちらかが主導権を取ることなく、二人でメンバーの前に立ち、議論を進める。

 想像としては、実際はせつ菜が書類上の部長で、しかしせつ菜は過去のことがあるからこそ、かすみにある程度同好会の運営を任せつつ、2人で回している、といったところだろうか。しかし、どちらにせよ、この状況は一時的なものという印象を受ける。かすみにせよせつ菜にせよ、「大好き」を押し付けてしまった苦い思い出がある。ソロアイドルに対してもそうだが、この「かすみ・せつ菜二頭体制」とでも呼ぶべき現状にも、不安が残る。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102224916p:plain

かすみとせつ菜の二頭体制は、いつまで続くのか。

 2話でかすみが侑に「専属マネージャー」と呼んでいたが、まだまだ侑の立ち位置ははっきりしない。歩夢・かすみ・せつ菜といったメンバーに対しては侑の立ち位置と必要性は明確だが、愛や璃奈、エマ、彼方に関してはそうではない。

 それに、今は同好会にとって「凪」の時間。9人全員が揃って、同好会が本格的に始動したときに、また一つ波乱が起こる予感が、ひしひしとしている。そして、その波乱のまんなかにいるのは、高咲侑その人であると思うのだ。

 どちらにせよ、構成が大きく変わったことは、4話ブログがとんでもなく難産になった(公開が5話放送後になってしまいました、大変申し訳ございません)ことと不可分の問題である。5話以降どうやってアニガサキの物語を受け止めていくのか、そして言葉に紡いでいくのか。妥協なく、自分だけの「正解」を探していきたい。 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201102223930p:plain

わたしも、愛さんを追いかけて、自分だけの輝きを!

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第4話より引用。

*1:この点に関してはいろいろな意見があってしかるべきだと思う。スポーツも勉強も奥が深く、ほんとうは正解があるとは言えない面も大きい。しかし、これに関しては、愛がチームスポーツを中心に助っ人をしていたことと、それから愛は情報処理学科所属で、勉強も理数系が中心だったということが背景にあるのだろう。少なくとも彼女にとって、これらのことは「正解」があることだったのだ。

せつ菜の、ほんとうのわがまま TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #3 「大好きを叫ぶ」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #3 「大好きを叫ぶ」

せつ菜の、ほんとうのわがまま 

もくじ

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

第2話の記事はこちらから↓

 

tsuruhime-loveruby.hateblo.jp

 

スクールアイドル同好会廃部の真相

 スクールアイドル同好会が廃部になる。そこから、この物語は始まる。

 まずは、どうしてスクールアイドル同好会は廃部になったのか。そこから、話を始めていきたい。すこし混乱している部分もあるだろう。時系列に並べて丁寧に追いかかけていく。

 ①ラブライブ!出場を目指して結成された「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」は、その方向性を巡った部長・せつ菜とかすみとの対立によって、活動継続困難に陥る。この対立以外に具体的にどんな軋みが起こっていったのか、それはわからない。どちらにせよ、この問題はせつ菜とかすみの二人だけの問題ではなかった。ただし、5人の足並みが完全に揃わなくなってしまったわけではない。むしろ、飛び出したのはせつ菜と、かすみであった。残された3人のエマ・彼方・しずくは、果林の協力を仰ぎつつ、同好会廃部の真相を追求しようとする。

 

 ②予定されていた「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」のお披露目ステージは、せつ菜ひとりによって強行された。せつ菜によれば、これは「けじめ」らしい。ほぼ同時期に、せつ菜はグループの解散をメンバーに通告する。時系列的にどちらが先かは絞りきれないが、解散通告を先と見た方が良いかもしれない。メンバーには「解散」と伝えておいて、せつ菜はひとりでステージに立ったのだ。

 

 ③スクールアイドル同好会は、せつ菜ひとりのお披露目ステージを見て感化され、入部を希望していた侑と歩夢の目の前で、生徒会長・中川菜々自身によって廃部となった。

 

 ④スクールアイドル同好会の復活を狙うかすみは、ネームプレートを生徒会室から盗み出して、部室奪還を狙う。しかし、既にスクールアイドル同好会の部室は剥奪され、その場所にはワンダーフォーゲル部が入室していた。

 

 ⑤かすみは歩夢と侑に出会い、非公式でスクールアイドル同好会の活動を再開させる。果林に率いられた3人は、生徒名簿から中川菜々が優木せつ菜であることを突き止め、菜々の下へ廃部の理由を問い詰めに向かう。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144607p:plain

優木せつ菜はもういない。彼女はそう答えた。

 結局、廃部の直接的な原因はわからなかった。しかし、一つはっきりしたのは、生徒会長・中川菜々自身は、スクールアイドル同好会の活動継続自体は否定していないということだ。菜々の下までやってきた果林たちに、菜々はこう告げる。

菜々「優木せつ菜は、もういません!私は、スクールアイドルを辞めたんです。もし皆さんがまだ、スクールアイドルを続けるなら、ラブライブ!を目指すつもりなら、皆さんだけで続けてください」

  菜々は、これはあくまでも優木せつ菜の脱退である、と言っている。もしかしたら、スクールアイドル同好会が廃部になったのも、部活の成立条件である5人を、せつ菜の退部によって割り込んでしまったからというのが真相かもしれない。どちらにせよ、生徒会長の中川菜々には、スクールアイドル同好会の活動自体を迫害するつもりはなかった。

 しかし、論理がそうであったとしても、せつ菜の行動はあまりに身勝手だとしか言いようがない。スクールアイドル同好会の部長はせつ菜だったわけで、それにメンバーへの説明も不十分に尽きる。お披露目ライブのせつ菜単独ステージも、みんなと相談した結果とは到底思えない。それに、隠していたとはいえ、校則に従ったとはいえ、スクールアイドル同好会を廃部にした中川菜々は優木せつ菜その人である。これが単なる「脱退」というのはあまりに屁理屈だ(せつ菜はそれもわかっているかもしれないが......)。事実、しずくは「私たちとはもう.......」と語る。この発言からは、「せつ菜はしずくたちと一緒に活動することを拒否している」という彼女たちの認識が見て取れる。ここに、両者の理解は全くすれ違ってしまった。

 

「本音」と「建前」

 「中川菜々」と「優木せつ菜」。ふたつの名前は、そのまま彼女の二面性を表している。

 生徒会長としての「中川菜々」は、建前だ。彼女は校則という建前によって動いている。スクールアイドル同好会を廃部にしたのも、音楽室を無許可で使った侑をたしなめたのも、はんぺんを飼うことを認めないのも、あるいは「5人集まればスクールアイドル同好会の申請はできる」というのも、校則にそうあるからだ。中川菜々は、生徒会長という立場のもと「建前」で行動しているのだ。そこに私情はさしはさまない。中川菜々は、優秀な生徒会長だった。

 一方で、そんな菜々が「本音」として作り上げたのが、スクールアイドルとしての「優木せつ菜」だった。彼女がどうして2つのキャラクターを使い分けているのか、その明確な理由はまだアニメの物語では明らかになっていない。しかし、3話において、自宅での彼女の描写が示唆的に挿入される。自宅でスクールアイドル衣装を箱にしまい込む菜々。母が部屋に入ろうとすると、菜々はその箱をクローゼットへと急いでしまい込む。来週の模試に言及しつつ勉強の進捗を聞く母に、菜々は「もちろん」と答える。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144058p:plain

「大好き」は、クローゼットに仕舞い込まれる。

 ここでは、スクールアイドル活動は菜々の母にとって好ましいものではなく、菜々は母に秘密でスクールアイドル活動をしていることが分かる。どころか、CDすらも仕舞い込まれている以上、「スクールアイドルを好きでいること」自体、菜々の母にとっては好ましくないのだろう。

 そして、母が菜々に求めるのは「勉強」であることが伺える。菜々は、母に反抗する素振りを見せない。「いい娘」であろうとする、菜々の苦悩が見て取れる。

 母の期待を裏切らず、隠れてスクールアイドル活動をするためには、菜々は芸名を使うしかなかった。だからこそ「優木せつ菜」は、菜々の「本音」だったのだ。

 

 しかし、「優木せつ菜」の夢は打ち砕かれた。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、大海原に乗り出してすぐに、完全に座礁してしまったのだ。

 その原因はせつ菜にあった。スクールアイドル同好会を設立し、メンバーを

集め、「スクールアイドル同好会部長」となった優木せつ菜は、「ラブライブ!」を目指すという「建前」のために、自分の大好きを他人に押し付けてしまっていたのだ。いつの間にか、「本音」と「建前」はすり替わってしまった。「大好き」を叫びたかっただけなのに、せつ菜は他人の「大好き」を傷つけてしまった。

 せつ菜にとって一番ショックだったのは、これが無意識であったことだ。せつ菜は、必死に走ってきただけだと思っていた。しかし、それは最初は「自分のため」だったのに、いつのまにか「みんなのため」になっていた。2話の衝突のシーンで、かすみの絶叫のあとにせつ菜がはっとした素振りをみせるのは、その瞬間に、そのことに気づいたからであろう。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144423p:plain

「罪」の意識が生まれる瞬間。

 せつ菜は、母と同じことをしていた。せつ菜に「勉強」を強い、いい子でいることを求める母。それに反抗して始めたはずのスクールアイドルだったが、せつ菜はメンバーに自分の「大好き」を強い、厳しい練習でかすみを限界に追い詰めてしまった。まったく同じことをしていたのだ。この瞬間のショックは、せつ菜にとって絶望的なものだった。せつ菜がスクールアイドルを辞めようと決断したのは、この瞬間だったに違いない。

 しかし、視聴者は決してせつ菜を責められないことを知っている。それは、2話でかすみが同じ気づきを得ていたからである。せつ菜に「大好き」を押し付けられたかすみも、歩夢に「かわいい」を押し付けてしまった。そして、侑が言うように、それは「仕方がない」ことなのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144128p:plain

失敗を乗り越えたかすみは、一回りも二回りも成長した。

かすみ「せつ菜先輩は、絶対必要です!確かに、厳しすぎたところもありましたけど......。 今は、ちょっとだけ気持ちが分かる気がするんですよ。前の繰り返しになるのは嫌ですけど、きっと、そうじゃないやり方もあるはずで、それを見つけるには、かすみんと全然違うせつ菜先輩がいてくれないと、ダメなんだと思うんです」

  このかすみの発言は、この物語のテーマの根幹にかかわる。かすみは、自分の失敗によって、人はそれぞれ誰もが違うということに気づいた。そして、自分が自分らしく輝くためには、「違いを認める」ことが大切だと思い知った。十人十色のトキメキを表現するためには、お互いの違いを認めなければならない。虹が虹であるためには、一色だけではいけない。他の色があってはじめて、虹は虹たりえるのだ。

 せつ菜とぶつかったかすみがせつ菜の気持ちに寄り添い、せつ菜を赦したことで、「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」にせつ菜を受け入れる準備は整った。メンバーがせつ菜が辞めるのは嫌だと口をそろえることでも、それは分かるだろう。あとは果林の言う通り、せつ菜の気持ち次第なのだ。

 

「期待」と「わがまま」

 「大好き」を押し付けてしまったせつ菜。しかし、その言動を見ていくと、まだ解き明かさなければならない疑問があることに気づく。

 スクールアイドルをやりたいなら、家出など強硬策を取って親に反抗してみてはどうだろうか。メンバーの足並みがそろわなくて、自分の求めるレベルに達しなかったとしても、そのレベルでも妥協して「お披露目ライブ」に臨むという選択肢はなかったのだろうか。ラブライブ!までにはきっと、まだ時間的猶予はあるのだと思う。

 この疑問を解く答えは、「期待」。そしてそれと対立する「わがまま」にある。

 菜々(モノローグ)「期待されるのは嫌いじゃなかったけど、一つくらい、自分の大好きなことも、やってみたかった」

  中川菜々は、いつだって期待に応えようとする女の子だった。否、「いつだって期待に応えようとせずにはいられない」女の子だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144521p:plain

菜々には、「期待」を裏切る選択肢は、いつだって、はじめから、なかった。

 母にとって理想的な娘であろうとし続けたのも、母の期待を裏切りたくなかったからだ。菜々にとって、期待に応えることは大好きを貫くことより優先すべきことだった。だから、菜々は「母の期待を裏切らない範疇で」芸名を使ってスクールアイドル活動を始めた。初めから菜々の中には、「母の期待を裏切る」という選択肢はなかったのだ。「優木せつ菜」としてのスクールアイドル活動は、菜々にとって最大限かつ唯一の、自分の「大好き」を貫く方法だった。

 せつ菜がラブライブ!を目指し続け、厳しく高いパフォーマンスを求め続けたのも、「期待」によるものだった。菜々が生徒会室で自身のライブ動画を見るシーン。その活動休止を惜しむ声に悔しさを覚える菜々だが、一番気にしていたのは「(ラブライブ!にエントリーすれば)いい線いってたかもしれないのに」というコメントだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144252p:plain

ファンの「期待」が、せつ菜を追い詰める。

 菜々は、優木せつ菜に対して、ファンがラブライブ!に出場し、あわよくば優勝してほしいという「期待」をかけていたことを敏感に感じ取っていた。そして、その「期待」に応えようとしたのだ。せつ菜が手を抜くことができなかった理由はここにある。中川菜々は、期待に応える女の子だ。これは、菜々の本能といってもいいかもしれない。菜々にとって、その期待に応えないという選択肢はない。その瞬間、菜々にとってそれはただの「わがまま」になってしまうからだ。

菜々(モノローグ)「私の大好きは、誰かの大好きを否定していたんだ。それは結局、ただのわがままでしかなく。私の大好きは、ファンどころか、仲間にも届いていなかった」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144540p:plain

望まざる決断。悔しかったに違いない。

 菜々にとって「本音」である大好きをつらぬきたいという気持ちと、「期待」に応えたいという本能は、両立しなかった。大好きをつらぬき、ファンの「期待」に応えようとしたせつ菜は、他人の「大好き」を否定してしまった。それは、せつ菜が「本音」を隠さなければならない理由である、母の「期待」による圧力と全く同じものだった。これでは、自分が大好きをつらぬいたとしても、その大好きによって誰かが傷つき、自分と同じ気持ちをしなくてはならなくなる。苦悩したせつ菜は、スクールアイドルを辞める道を択んだ。

 

音楽室の邂逅

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144411p:plain

ラブライブ!の音楽は、いつだって鍵盤の調べに乗せて。

 話は少し戻って、音楽室のシーン。拙いピアノで『CHASE!』を弾く侑*1のもとへ、菜々がやってくる。

 ここでは、彼女は「建前」である生徒会長としての菜々である。しかし、侑はそんな菜々のペースを崩してゆく。せつ菜のことが好きだとまくしたてる侑。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144247p:plain

これは、告白である。

侑「うん、大好きなんだ!」

 侑は、せつ菜一人のお披露目ライブのステージを見ていた。そして、そのせつ菜が大好きだと言う。この言葉を聞いて、菜々ははっとした表情を見せる。しかし、ここは建前としての生徒会長の中川菜々である。同好会が再始動していることを聞いても、菜々は動じない。せつ菜のことを「優木さん」と呼び、せつ菜が菜々と別人であるという設定を揺るがさない。淡々と、校則に則って、スクールアイドル同好会は人数が揃えば申請が可能であると侑に伝える。

 菜々が初めて取り乱したのは、侑のこの発言の後だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144104p:plain

「始まり」を受け取ったから。

侑「でも、時々思っちゃうんだよね。あのライブが最後じゃなくて、始まりだったら、最高だろうなって」

 突然のこの言葉。しかし、普通にあのライブを見て、それが「始まりである」と思うだろうか。せつ菜一人が上がったステージを見て、現地のファンは「せつ菜ちゃん一人?」と、5人が揃わなかった不完全なライブに疑念と不審の声を上げていた。動画のコメントも、スクールアイドルを辞めるせつ菜に対して、惜しむようなコメントばかりがついていた。誰がどう見ても、あのライブはせつ菜にとっての「最後の」ライブだった。それを、侑は「始まりだったら最高だ」と言う。

 侑が、どこまで深く考えてこの発言をしているかはわからない。しかし、この発言はせつ菜にとっては限りなく重要なものであった。

 そもそも、せつ菜はどうしてあのステージに一人で立ったのだろうか。いくら責任があるといっても、ステージをキャンセルする選択肢だって、あったように思う。しかし、せつ菜は一人でステージに立った。

 それに、もう一つ気になることがある。侑は、せつ菜に出会ったその日から、スクールアイドルのファンになった。中でも、せつ菜は別格だというのが、侑の評価だ。侑は、必死になってせつ菜の情報を探したが、お披露目ライブの『CHASE!』のステージ以外に、せつ菜の動画は見つからなかった。スクールアイドルを辞める決断をしたせつ菜が、自身の動画を削除したからであろう。

 では、どうしてせつ菜はお披露目ライブのライブ映像だけ残したのか。それは、あのお披露目ライブは、せつ菜が誰かにメッセージを届けるために行ったものだったからだ。

 そのメッセージは何か。誰のためのメッセージなのか。「答えらしきもの」は、彼女自身が語っている。

 菜々(モノローグ) 「けじめでやったステージが、少しでも同好会のためになったのなら。優木せつ菜だけが消えて、新しいスクールアイドル同好会が生まれる。それが、私の最後のわがままです」

 お披露目ライブが「少しでも同好会のために」なって、スクールアイドル同好会が新しく生まれるなら、せつ菜はそれでいいというのだ。その新生スクールアイドル同好会の中に、せつ菜はいない。

 しかし、私はこれがせつ菜のほんとうの望みではないと思う。せつ菜の「ほんとうのわがまま」は、別にあるのではないか。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144044p:plain

去り行く彼女。希望はなくなってしまったのだろうか。

 せつ菜は、スクールアイドルを辞めたくなかった。スクールアイドル活動を続けたかった。

 しかし、今のせつ菜は、メンバーを傷つけ、同好会を解散させ、スクールアイドル同好会を廃部にまで追い込んだ。メンバーの赦しと、そして何か大きなきっかけが無ければ、せつ菜はスクールアイドル同好会に戻れるわけがなかった。

 メンバーの赦しが、かすみのエピソードもあって既に得られていることは、先に述べたとおりだ。しかし、せつ菜にはまだきっかけが無かった。少なくともアニメの物語の中では、元スクールアイドル同好会メンバーの誰も、せつ菜に向かって「同好会に戻ってきて欲しい」と伝えてはいない。せつ菜自身から同好会復帰を切り出す選択肢だけはあり得ない。せつ菜は「第三者」を必要としていた。

 せつ菜が「第三者」を必要とした理由は、もう一つあった。それは、「期待」に関わることである。

 中川菜々は期待に応える女の子だ。彼女は、どんなことがあっても期待に応えようとする。自分の大好きなことをやってみたい。そう思って始めたスクールアイドル活動も、スクールアイドル同好会の部長という立場と、それからラブライブ!に出場してほしいというファンの「期待」と両立させることができなかった。しかし、それでも彼女は「期待」を裏切りたくない。

 もう一度「優木せつ菜」のストーリーを始めるためには、同好会のメンバーでもなく、それまでのファンの誰かでもない、「第三者」が必要だった。そして、せつ菜は部長としてはスクールアイドル同好会には戻れない。それでは、せつ菜はまた同じことを繰り返してしまうからだ。

 

 せつ菜は、誰かがせつ菜の想いに気づいてくれることを願って、その僅かな希望に賭けて、一人でお披露目ライブのステージに立った。そして、その映像だけを残した。メッセージを受け取った誰かがせつ菜の前に現れて、せつ菜にきっかけを与えてくれることを願って。

 奇跡は起こった。メッセージは伝わったのだ。メッセージを受け取ったのは高咲侑、その人だった。侑は、「あのライブが始まりになればいい」といった。それは、せつ菜が伝えたかったメッセージそのものだったのだ。

 

最後の賭け

菜々「なんでそんなこと言うんですか。いい幕引きだったじゃないですか」

 侑の発言を聞いた菜々は、こう答える。一見すればせつ菜の復帰を否定しているように見える発言だが、発言の真意は別のところにある。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144151p:plain

菜々は「最後の賭け」に出た。

 侑の発言を聞いたせつ菜は、メッセージを受け取った人間が、「第三者」たりえる人が現れたことを知った。

菜々「せつ菜さんは、あそこで辞めて正解だったんです。あのまま続けていたら、彼女は部員のみなさんをもっと傷つけて、同好会は、再起不能になっていたはずです」

「高咲さんは、ラブライブをご存じでしょうか?」

ラブライブは、スクールアイドルとそのファンにとって、最高のステージ。あなたもせつ菜さんのファンなら、そこに出て欲しいと思うでしょ?スクールアイドルが大好きだったせつ菜さんも、同好会を作り、グループを結成し、全国のアイドルグループとの競争に、勝ち抜こうとしていました。

勝利に必要なのは、メンバーが一つの色にまとまること。ですが、まとめようとすればするほど、衝突は増えていって、その原因が、全部自分にあることに気づきました。せつ菜さんの大好きは、自分本位なわがままに過ぎませんでした。そんな彼女が、スクールアイドルになろうとおもったこと自体が、間違いだったのです」

  ここでの菜々の言葉は、「建前」ではない。「本音」を話している。確かにここで彼女は「中川菜々」として、「優木せつ菜」を別人として話しているが、しかし途中では「自分」が主語になっている。最後は結局他人としての表現に戻るが、どう考えてもこれはせつ菜以外の視点ではない。ここでは、中川菜々=優木せつ菜として、菜々は本心を侑にぶつけているのだ。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144235p:plain

「幻滅しましたか?」

菜々「幻滅しましたか?」 

  これは、菜々にとって最大にして最後の賭けだった。菜々は、侑が菜々にとって待ちわびた「第三者」であるかどうかを確かめたかった。菜々はここで、想いの丈の全てを侑にぶつけた。「第三者」は、スクールアイドルではなく、しかしファンでもなく、菜々を理解し、そして「ラブライブ!」を目指すことを菜々に期待しない者でなければならない。そうでなければ、菜々は、せつ菜は、同好会に戻れない。もしそれでも同好会に戻ったなら、彼女は同じことを繰り返してしまうだけだからだ。

 音楽室での菜々のこの言葉は、一見取り付く島もないような対応に見えるが、そうではない。せつ菜は、侑が「第三者」であることを確認するために、侑から「幻滅などしていない」という言葉を引き出すために、この話をしたのだ。「優木せつ菜」は、もういない。スクールアイドル同好会の廃部によって、優木せつ菜はもういなくなった。残されたのは、「建前」としての中川菜々だけだ。中川菜々として、侑が「第三者」かどうかを確かめるには、せつ菜がスクールアイドル同好会に戻るには、この方法しかなかった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144242p:plain

強く握る拳にかける想いは、どんなものだったろうか。

 侑は、答えなかった。答えられなかったのか、答えを出さなかったのか、それは分からない。しかし、侑がここで簡単に答えを出さないことには、好感が持てる。この問題は、そう簡単な問題ではない。菜々の人生そのものにかかわるような、そんな問題だからだ。

 しかし、どちらにせよ、菜々の賭けはこの段階では失敗に終わった。歩夢が現れると、菜々は硬い声で「失礼します」と一言残し、音楽室を去って行った。菜々の「最後のわがまま」がせつ菜のいない新生スクールアイドル同好会の誕生になったのは、ここで菜々の最後の賭けが失敗に終わり、せつ菜がスクールアイドル同好会に戻る道が閉ざされたからだ。

 

ほんとうのわがまま

 果林たちと合流した侑は、彼女たちが既にせつ菜を赦していることを知る。実は、侑は音楽室のタイミングでせつ菜を受け入れる覚悟ができていたが、そのためにはグループのみんなの総意を確認して、合意をとってからではないといけないと考えていたというのは、さすがに深く考えすぎだろうか。せつ菜を新生スクールアイドル同好会に迎え入れる準備は整った。交渉役には、侑が自ら立候補した。果林の言う通り、あとは、せつ菜の気持ち次第だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144229p:plain

せつ菜のスクールアイドル復帰交渉は、侑に託された。

 侑は、歩夢とかすみに放送をかけさせて、「優木せつ菜」と「中川菜々」の二人を屋上へ呼び出す。菜々は呼び出しをしたのが誰かを考えるにあたってエマか果林を*2疑っているし、「最後の賭け」に失敗した時点で、菜々は侑が「第三者」となる関係を諦め、スクールアイドルを辞める覚悟が決まっていたのであろう。ここで、侑が呼び出してくる可能性は菜々の頭の中には無かった。

 しかし、屋上に立っていたのは侑だった。

侑「こんにちは、せつ菜ちゃん」

 侑が会いたかったのは、優木せつ菜だ。「彼女」は、しばらくは中川菜々として話すが、しかし侑は終始せつ菜に向かって話しかける。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144145p:plain

思えば屋上は、せつ菜とかすみがぶつかった場所でもあった。

 侑はまっすぐに音楽室でのことを謝るが、菜々は菜々だった。突然の謝罪に驚きつつも、それでも淡々と受け応える菜々。そこには、せつ菜の影はみえなかった。

菜々「 話が、終わったのなら......」

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144456p:plain

せつ菜には、まだ未練が残っていた。

 この瞬間、菜々の中のせつ菜が顔を出した。呼び出し人が侑だと知って、菜々は再び、侑が「第三者」になってくれることを期待した。そうでないのなら、名残惜しさも見せずに去ればいい。後ろ髪をひかれるようなこの台詞は、菜々が、まだスクールアイドルに未練を残している、何よりの証拠だった。

 

 そんな菜々を見た侑は、こう切り出す。

 侑「まだあるの!

私は、幻滅なんて、してないよ。

スクールアイドルとして、せつ菜ちゃんに同好会に戻ってほしいんだ」 

 これは、菜々が待ち望んだ言葉だ。音楽室で侑と出会ったときに、菜々は最後の賭けをした。「優木せつ菜」が生き残る、唯一の可能性を侑に託した。すぐには答えは出なかった。しかし、確かに今、侑はそれに答えた。この瞬間、菜々の中で眠っていた「優木せつ菜」は息を吹き返した。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144121p:plain

「菜々」から「せつ菜」へと変わり、取り乱す彼女。

せつ菜「 何を......。もう全部わかっているんでしょ?私が同好会にいたら、みんなのためにならないんです!私がいたら、ラブライブ!に出られないんですよ!」

  優木せつ菜は、ほんとうのわがままを侑にぶつけた。せつ菜がスクールアイドル活動を再開するには、誰も傷つけずに活動を続けるには、この言葉が必要だった。

侑「だったら!だったら、ラブライブ!なんて、出なくていい!」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144533p:plain

ラブライブ!なんて出なくていい!」。これは、せつ菜を呪縛から解き放つ、魔法の言葉。

 この言葉が侑に口から放たれた瞬間、それまでせつ菜の「大好き」を縛っていた、「期待」の鎖は解かれた。せつ菜は真に解放されたのだ。これでもう、せつ菜はだれも傷つけなくていい。もう同じ過ちを、繰り返さなくていい。

侑「私は、せつ菜ちゃんが幸せになれないのが嫌なだけ。ラブライブ!みたいな最高のステージじゃなくてもいいんだよ。せつ菜ちゃんの歌が聴ければ、じゅうぶんなんだ。スクールアイドルがいて、ファンがいる。それでいいんじゃない?」 

せつ菜「どうして、こんな私に......」

侑「言ったでしょ。大好きだって。こんなに好きにさせたのは、せつ菜ちゃんだよ」

せつ菜「あなたみたいな人は、初めてです」

 これは、「いい屁理屈」だ。菜々が、はんぺんを「生徒会おさんぽ役員」として虹ヶ咲学園の一員として迎え入れたのと同じである。はんぺんが、校則を破らずに虹ヶ咲学園で生活するには屁理屈が必要だったように、せつ菜が、「期待」を裏切らず、「大好き」をつらぬいてスクールアイドル活動を続けるためには、屁理屈が必要だったのだ。そして、それはこういう屁理屈だ。

 せつ菜のファンは、せつ菜のステージを見たい。そして、せつ菜がよりレベルの高いステージに立つことを望むのは、当然のファン心理だ。スクールアイドルがいて、ファンがいる。それだけの関係は、ほんとうはありえない。それに、スクールアイドルとして活動するにも、目標はどうしても必要になる。それが最高のステージであるラブライブ!に設定されることは、何の不思議もないことだろう。

 でも、侑はそうではない。侑はファンであって、ファンでない。侑はせつ菜に「ラブライブ!に出なくていい」という唯一の人間だ。それは、侑が長年せつ菜のファンをしてきたわけでもなく、しかしスクールアイドルとして活動しているわけでもない、「第三者」だからこそ実現する。そして、せつ菜はそんな侑一人の期待に応えるために活動すればいい。そうすれば、せつ菜は「期待」に応えられるし、ラブライブ!に縛られずに「大好き」をつらぬける。侑の「大好き」に応えることがせつ菜の「大好き」になる。こうなってはじめて、せつ菜は「建前」と「期待」でがんじがらめになった世界の中で、「大好き」を、思う存分、叫ぶことができるようになる。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144052p:plain

中川菜々と優木せつ菜。そのすべてを受け入れてくれる人に、せつ菜は初めて出会った。

 侑は、せつ菜の「期待」も「わがまま」も、「本音」も「建前」も乗り越えて、そのすべてを抱きしめてくれる、せつ菜にとってはじめての人だった。期待には応えたい。でも大好きはつらぬきたい。「建前」を駆使して、どうにかそんな相反する自分の理想を追い求める。時にはまわりが見えなくなって、自分の「大好き」でひとを傷つける。それでも、諦められない。捨てられない。そんな不器用でわがままなせつ菜の全てを受け入れてくれる唯一の人が、侑だった。

せつ菜「期待されるのは、嫌いじゃありません。ですが......ほんとうに良いんですか?私のほんとうのわがままを、大好きをつらぬいても、いいんですか?」

侑「もちろん!」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144223p:plain

未来は、明るいものになった。

  スクールアイドル活動をしたい。大好きを、何かに縛られることなく、存分に叫びたい。菜々の「ほんとうのわがまま」は、今侑によって受け入れられた。不器用な中川菜々が生み出した「本音」の自分。優木せつ菜は、その全てを理解して受け止める高咲侑と出会って、ようやく誕生したのだ。今初めて、せつ菜が「大好きを叫ぶ」ための準備が整った。

せつ菜「わかっているんですか?あなたは今、自分が思っている以上に、すごいことを言ったんですからね。

どうなっても知りませんよ?」 

  スクールアイドル優木せつ菜の物語は、彼女が侑の前で眼鏡をはずし、髪を解いた、この瞬間に始まった。「大好き」を叫ぶスクールアイドルによる、伝説の物語の開演である。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144436p:plain

今、侑の目の前で、「優木せつ菜」が生まれる。

せつ菜「スクールアイドル同好会、優木せつ菜でした!」 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021144418p:plain

侑とせつ菜の出会いが、物語をスタートさせる。

 大好きを叫んだせつ菜の向かう先は、まだ誰にも分からない。しかし、せつ菜の頭上に広がる青空は、どこまでも澄んで広がっている。その未来がせつ菜にとって幸せなものになることは、疑いようがない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201021143923p:plain

「優木せつ菜」の物語は、まだ始まったばかりだ。

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第3話より引用。

*1:スクスタでは「あなた」は音楽科所属だったが、アニガサキで侑は普通科所属である。「初めて」と侑は言っているし、片手で単音を弾いていることからみて、侑はピアノ未経験であると思われる。しかし、テンポはゆっくりだが、『CHASE!』を耳コピして弾いていることから、ある程度の音感はあるようだ。今後、侑が作曲するような描写があるかどうか、注目である。

*2:菜々はどうしてエマを疑ったのか。これは推論だが、冒頭の生徒会室のシーンで、解散についてしずくと彼方が追及の姿勢を見せるなか、エマは「せつ菜ちゃん......!」と呼びかけるだけだ。そして、せつ菜はエマの言葉にだけ動揺している。せつ菜は、旧同好会のメンバーで直接菜々を呼び戻す可能性があるのは、エマかしかいない。エマでなければあるいは、部外者だが菜々自身が芸名で活動する理由に踏み込もうとしていた果林だと考えていたのではないだろうか。菜々にとって、侑以外にきっかけを与えてくれる人になれる候補は、エマか果林しかいなかったのだ。

かすみ猫と、夢のワンダーランド TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #2 「Cutest♡ガール」

TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』視聴レポート #2 「Cutest♡ガール」 

かすみ猫と、夢のワンダーランド

 

 もくじ

 

※当記事は、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のストーリーに関するネタバレ、あるいは、アプリ『ラブライブ!スクールアイドルフェスティバルオールスターズ』のストーリーに関するネタバレを含みます。アニメ未視聴の方、アプリ未プレイの方は、予めご了承ください。

泥棒猫が狙うもの

「世界で一番のワンダーランド。そんな場所に行けると、思ってたのに......」 

  まっすぐな想いと、まったく同じ大きさのまっすぐな想い。ふたつの想いはぶつかって、かすみは同好会を飛び出した。巨大なエネルギー同士の衝突は大爆発を伴って、それぞれ想いを抱えるメンバーはちりぢりになってしまった。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232655p:plain

はんぺんは猫。かすみも猫......?

 ストーリーを導いていくのは、かわいい猫だった。

 野良猫はんぺんを連れ出したかすみは、生徒会長室へ忍び込む。かすみは、はんぺんを囮にして、生徒会長中川菜々の意識を逸らす。

 しかし、かすみもまた猫だった。策略をもって菜々と対した果林は、かすみを囮にして、菜々の意識を逸らす。まんまと生徒名簿を持ち出した果林。決定的証拠。これが、菜々を、せつ菜を、追い詰める。

 

 かすみが盗み出したのは、「スクールアイドル同好会」のプレートだった。

 これは、決して策士果林さんに対して、かすみがちょっとおバカさんだとか、そういう話ではない。ちょっとおっちょこちょいだとか、そういうことはあるかもしれないけれど。ともあれ、生徒会長に犯行現場を目撃された泥棒猫・かすみは、こう言い残して逃げていく。

かすみ「しかし、目的は果たしました。さらば!」

 はんぺんを使って生徒会長室に忍び込むかすみの「計画的犯行」は、見事に成功した。そして、かすみは目的を果たして逃げ去った。そう、かすみが狙っていた獲物は「スクールアイドル同好会」のプレート、そのものだったからだ。

かすみ「にひひ、大成功です!」 

 しかし、一瞬にしてかすみの計画は暗転する。

 スクールアイドル同好会の部室は、もう失われていたのだ。それは、物理的に取り返すことが不可能になっていた。「ワンダーフォーゲル部」によって占拠された部室。かすみがどうしても取り返したかったプレートは、もうどうしたってその定位置に戻すことはできなくなっていたのだ。

 

ロスト・ワンダーランド

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232615p:plain

かすみにとって一番大切な場所は、あっさりと奪われてしまった。

 絶望するかすみは、思わず膝から崩れ落ちる。

 プレートを取り返したかすみが一番最初に向かったのは、部室だった。

 そもそも、プレートを取り返しただけでは、鍵を開けて部室に入れる保証はない。それに、また生徒会長にプレートを取られてしまえば、かすみの計画は水泡に帰してしまう。

 それでも、かすみがプレートを取り返したのは、そして部室に向かったのは、かすみにとっては「場所」としての同好会が一番大切だからである。かすみにとっての「ワンダーランド」とは、スクールアイドル同好会であり、その部室なのだ。かすみにとっては、確かにライブができなかったことも、みんなと連絡が取れないことも一大事ではあるのだが、それ以上に「スクールアイドル同好会の場所」がこの世から無くなってしまうことの方が、遥かに深刻なのだ。だから、かすみはせつ菜と話をするとか、どうにかしてメンバーと連絡をとるとか、そんなことよりも真っ先にプレートを取り返すことを目指した。それは、何より同好会が無くなってしまったら、かすみにとって大切な居場所である同好会が、その部室が、かすみの「ワンダーランド」が、失われてしまうことを意味しているからだ。

 かすみがどうしてここまで場所としての「スクールアイドル同好会」に固執するのか。それは今のところ分からない。「かわいい」を表現するなら、もっと他の方法だってあっていいはずである。それでも、かすみは「スクールアイドル同好会」にこだわる。

 あえて答えを出すとしたら、それは「スクールアイドル同好会」が、かすみにとって唯一の居場所であり、「かわいいを表現できる場所」だからということになると思う。裏返して言えば、かすみの考える「かわいい」は、スクールアイドル同好会以外の場所では表現できないということを意味する。それがかすみ自身が表現できないということなのか、それとも誰もそれを受け入れてくれないということなのか、あるいはその両方なのか。これ以上は妄想にしかならないので止めておくが、やはりかすみにとって「スクールアイドル同好会」という居場所が、ワンダーランドが、唯一無二なものであることは間違いない。

 泥棒猫かすみ。よく、「犬は人に付き、猫は家に付く」と言う。そう考えると、誰かについていくのではなく、場所としての「スクールアイドル同好会」に居付くかすみは「猫」として見え......なくもない。ちょっと考えすぎかもしれないが.......。

 どちらにせよ、かすみ猫の居場所は無くなってしまった。それは、野良猫かすみが次の住処を探す、これからそんなストーリーが始まるということを意味しているのだった。

 

「かすみんワンダーランド」と、その行方

「ワンダーランド」を取り戻す。部室を奪われ、部室奪回の強硬策を「薄情者」のしずくに取り合ってもらえなかったかすみは、ついにある決断をする。

かすみ「こうなったら、かすみんが部長になって、同好会を存続させるしか......!

かわいいあふれる、かすみんワンダーランドを作っちゃいますよ~」

 まさに渡りに船。悩むかすみの前に表れたのは、「スクールアイドルにご興味がありそう」な、侑と歩夢の二人だった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232753p:plain

かすみ、絶好調です!

 かすみに疑惑の目をむける歩夢と、興味津々の侑。そんな二人を、かすみは「スクールアイドル同好会」に勧誘する。

かすみ「大丈夫です!信じてください!かすみん、最強にかわいいスクールアイドル同好会にしてみせますから!」

 これは、かすみによる「スクールアイドル同好会」の復活宣言である。今ここで、中須かすみ部長による「新生・虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」が誕生した。

かすみ「早速これから同好会を始めますよ!ついてきてください!」

 「入部決定」の歩夢と、専属マネージャーの侑。二人を抱え込んだ同好会は、一歩目を踏み出していく。

 

 動き出した同好会。かすみたちが一番最初に取り組んだのは、活動場所を探すことだった。

 スクールアイドル同好会は、既にせつ菜によって、歩夢たちの目の前で、廃部となった。つまり、かすみが始めた新生スクールアイドル同好会は、非公認の存在だった。ましてや、かすみは生徒会長室からプレートを盗み出した「泥棒猫」だ。ただでさえ無数の部活でひしめく虹ヶ咲学園においては、いくら学校が広いとはいえ、学園内で活動するのは不可能なことだった。

 公園を転々とするかすみたち。なかなかいい場所が見つからないかすみに対して、侑は潮風公園を提案する。広くて静かな潮風公園。野良猫かすみたちの仮住まいとしては、おあつらえ向きだった。

 

かすみ「なにはともあれ、しばらくはここが虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室ですよ!」

 やはり、かすみにとって大切なのが「場所」であることは、この発言からも読み取れる。「スクールアイドル同好会」のプレートは、かすみにとって自分の居場所の、「ワンダーランド」の象徴なのだ。だからこそ、このプレートを生徒会長室から盗み出してきたのであり、だからこそ、そのプレートを置くことで、公園すらも部室に変わる。変えることができるのである。「部員を集める」ことよりも、「部室を決める」ことが先に来るのも、かすみにとって「居場所」がいかに大切かを物語る。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232514p:plain

「部室」を取り戻すことは、かすみにとっては「ワンダーランド」を取り戻すことなのだ。

 とはいえ、準備は整った。次のステップは「部員募集」。そのための自己紹介の動画づくりが、かすみの率いる新生スクールアイドル同好会の行方を、大きく左右していくのである。

 

 

「かわいい」と「かわいい」は、決して交わらない

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232715p:plain

歩夢が踏み出した理由もまた「かわいい」だった。

歩夢「かわいい......。だったら、やろうかな」

 話は少し戻って、歩夢がかすみの「新生スクールアイドル同好会」に入部するときのことである。目の前で「スクールアイドル同好会の廃部」を宣言され、部室が失われる瞬間を見せつけられた歩夢にとっては、かすみの提案は簡単に信用していいものだとは感じられなかったのだろう。歩夢には、侑に対して猛アピールをみせるかすみに対する警戒感もあったかもしれない。

 それでも、歩夢はかすみを信じた。なぜ信じたのかといえば、それはかすみが「最強にかわいいスクールアイドル同好会」にしてみせると言ったからだ。歩夢は「かわいい」から、かすみの新生スクールアイドル同好会に入部を決めた。

 

 歩夢がスクールアイドルを始めたのも、「かわいい」を目指したからである。

歩夢「私、好きなの!

ピンクとか、かわいい服だって、今でも大好きだし、着てみたいって思う。

自分に素直になりたい。だから、見ててほしい」

  歩夢が、自分と素直に向き合って目指したのは、ピンクでかわいい服を着る、そんなスクールアイドルだった。だからこそ、歩夢は「かわいい」スクールアイドル同好会ならと、かすみの新生スクールアイドル同好会への入部を決意した。

 歩夢とかすみは、侑の関心を引こうとつばぜり合いを始める。並んで座る歩夢と侑。かすみは、外側にいたり、間に入り込んだり。歩夢とかすみ、二人の駆け引きは、コロコロと変わる位置関係で見事に表現されている。「かすかす」で先制攻撃をかける歩夢には、危機感すら見て取れる。

 「かわいい」を目指すスクールアイドルである、歩夢とかすみ。ライバル同士の二人の関係が、始まろうとしていた。

 

 しかし、かすみの「かわいい」と、歩夢の「かわいい」は、絶対に交わらなかった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232707p:plain

あふれだすかすみの「かわいい」に、もう降参である。

 かすみが考える「かわいい」を、最大限に詰め込んだかすみの自己紹介。侑は、初めて見るスクールアイドルの自己紹介に大喜びだったが、歩夢は違った。「は?」。これが歩夢の第一声である。かすみの考える「かわいい」は、歩夢には理解できないものだった。

 次は歩夢の番。かすみの求める「かわいい」を再現できない歩夢は、追い詰められる。呆れるかすみが提案したのは、かの「あゆぴょん」。しかし、歩夢は恥ずかしさのあまりに声が小さくなってしまったり、気持ちが入らなかったり。

かすみ「不合格ですね」

 かすみの考える「かわいい」は、歩夢にとってはあまりに難しいものだった。「かわいい」と聞くだけで、怖がる歩夢。いまここで、二つの「かわいい」は、全く交わることなく、根本的にすれ違ってしまったのだ。

 

すれ違う理由

 活動が終わったあと、デックス東京ビーチの中で座り込んで話す3人。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232721p:plain

アニガサキでは、高低差の描写がとても効果的に使われている。

 侑はかすみに、「同好会がなぜ廃部になったのか」という、かねてからの質問をぶつける。

 かすみはこう答えた。

かすみ「もとはと言えば、せつ菜先輩がいけないんです」 

  「大好き」を届けたいせつ菜と、「かわいい」を目指すかすみ。

 かすみは、こうやって二人がぶつかってしまったことを、2つの理由で理解していたのだと思う。

 一つは、「自分の価値観を押し付けてくるせつ菜が悪い」ということ。

 2話は、せつ菜とかすみがぶつかるシーンから始まる。かすみに、より高いパフォーマンスを求めるせつ菜。他のメンバーがせつ菜をたしなめていることから見ても、せつ菜の要求は、客観的に見ても少し高すぎるところがあったのかもしれない。いずれにせよ、明確に方向性の違うせつ菜の要求に耐えられなくなってしまったかすみは、同好会を飛び出すことになってしまった。「せつ菜先輩がいけないんです」という言葉には、かすみのはっきりとした怒りが見て取れる。同好会廃部の原因は、せつ菜にあると見ているわけだ。

 もう一つは、「最初から方向性が違っていたことで対立が起こった」ということ。

 「こんなの全然かわいくない!」。そうせつ菜に言い放つかすみ。かすみは、同好会の中で(ここが大事!)、自分の思う「かわいい」を表現することを目指していた。それなのに、せつ菜の方向性での努力を強いられ、耐えられなくなってしまった。かすみは、皆の方向性が一致しなければ、同好会は「ワンダーランド」になり得ないと思っている。その証拠に、後で侑が「みんなの方向性が違っていても、それは仕方がない」といったときに、「それでは困る」と答えている。かすみは、みんなの方向性が同じである、そんな同好会を作る必要があると考えていた。

 

 だからこそ、かすみは自分で「かわいいスクールアイドル同好会」を設立した。最初に入部したメンバーは、自分と同じく「かわいい」アイドルを目指す歩夢だった。みんなが「かわいい」を目指す同好会。「かすみんワンダーランド」設立を目指すかすみの計画に、死角はない。はずだった。

 

 しかし、歩夢の「かわいい」と、かすみの「かわいい」は、交わらなかった。

 かすみはきっと、良かれと思って歩夢に「かわいい」を叩き込んだのだと思う。かすみは、同好会がうまくいかなかったのは、せつ菜の「大好きを伝える」とかすみの「かわいい」の、全く違うベクトルのものがぶつかったからだと思っていた。だからこそ、新生スクールアイドル同好会は「かわいい」がコンセプトだったのだ。みんなが同じベクトルであれば、同好会は上手くいくと思っていた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232602p:plain

自らの過ちに気づくかすみ。この子は、いつだって人のことを大切に思える子だ。

 しかし、怖がる歩夢を見て、かすみは気づいた。かすみが歩夢に「かわいい」を叩き込んだのは、あの厳しかったせつ菜と、全く同じことをしていたのだ。

 

 このことは、かすみに2つのことを導いた。

 ひとつは、かすみがせつ菜と同じ立場に立ったこと。

 これまでかすみは、せつ菜に対して怒っていた。「ムキ―ッってなっちゃって」と、かすみも言っている。感情的な時ほど、人間は客観的に物が見れなくなる。しかし今、かすみはせつ菜と同じことをしてしまった。自分が絶対的に悪いと思っていたものが、自分自身すら無意識にやってしまうことであると気づいたのだ。ベッドにうつぶせになってもがくかすみの気持ち。これは、いわば「ブーメラン」だ。これほど辛いことはない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232735p:plain

かすみにとって、憂鬱な夜になった。

 もう一つは、「かすみんワンダーランド」計画が、決定的に頓挫してしまったことだ。

 かすみは、同好会廃部の理由を「方向性の違い」に求めた。だからこそ、方向性が同じ「かわいい」スクールアイドル同好会を作れば、うまくいくと考えていた。

 しかし、それは間違いだった。人の目指すもの、考えることはもちろん十人十色だが、「かわいい」もまた十人十色だった。かすみの考える「かわいい」と、歩夢が考える「かわいい」は、根本的に違っていたのだ。これでは、またお互いにぶつかりあって、新生スクールアイドル同好会も活動不能に追い込まれてしまう。

 

 同好会を飛び出したかすみ猫は、ついに、袋小路に追い込まれた。

 

かわいいから合格です!

 しかし、かすみは逃げなかった。

 「歩夢に対して酷いことをしてしまった」というかすみ。歩夢が自分の指示に従って練習していると聞いたかすみは、罪悪感の悲しみのなかで、侑に抱き着いて助けを求める。かすみにとって、この瞬間が一番つらかったかもしれない。

 でも、かすみは自分の行動を正当化しなかった。

かすみ「やりたいことは、やりたいんです。

けど、人にやりたいことを押し付けるのは、嫌なんですよ。

なのに、かすみん、歩夢先輩におんなじことしちゃって......。 

  かすみは、正直に自分の想いを侑に明かした。悪いことをしている自分を、ごまかさなかった。それは、歩夢が現れたときにも分かる。遅れてやって来た歩夢が、「あの、自己紹介なんだけど.......」と切り出すと、かすみは「ああ......」と、両手を前に出して歩夢を制止しようとする。かすみとしては、ここで歩夢に自己紹介をやらせてしまったら、それは完全に人にやりたいことを押し付けたことになってしまう。かすみは、ここで歩夢を止めて、正直に謝るつもりだったのだろう。中須かすみという人間のもつ正直さ、真っ直ぐさ、人を思いやれるこころ。そんな魅力が、ここには詰まっている。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232629p:plain

歩夢を制止するかすみ。かすみの人格が凝縮された一枚だ。

 

 そんなかすみを救ったのは、侑と、それから歩夢だった。

 侑は、かすみにこう言った。

侑 「つまり、それぞれやりたいことが違ってたってことでしょ?それでケンカしちゃうのは、仕方ないと思うけどなあ」

  これは、完璧な救済だ。侑は、かすみもせつ菜も、お互いぶつかってしまったことも人に押し付けてしまったことも、「仕方がない」と言った。その責任は、せつ菜にも、そしてかすみにも無いんだよ、ということを、真っ直ぐかすみに伝えたのだ。かすみが悩んでいたことは、誰にでもあることであって、決して悪いことではない、と。

 しかし、これではあまりにも説得力がない。なにしろ、かすみはこの問題とずっと向き合って、そして挫折してきた。論理は経験に勝らないのだ。

 

 答えを持ってきたのは、歩夢だった。

 先日はあれだけ苦労した歩夢の自己紹介だったが、今日は、見事に、それを成功させてみたのだ。

 それは、歩夢自身が、自分自身の「かわいい」を見つけたからだ。自分のかわいいを見失っていた歩夢。きっかけを与えてくれたのは、すれ違いに歩夢と出会った果林だった。

果林「でも、それはあなたの言葉?

もっと伝える相手のことを意識した方がいいわよ」 

 歩夢にとってのファン一号は侑だった。と言えば簡単だが、もっと話は大きいのだと思っている。これは推測の域を出ないが、歩夢の「かわいい」は、侑が思う「かわいい」なのだ。もちろん、歩夢は自分の意思で、スクールアイドルになった。それは疑いがない。しかし、目指すのは、侑が「かわいい」と言ってくれる、そんなスクールアイドルなのではないか。

 だからこそ、歩夢はあの衣装を着て、決意のステージに立った。だからこそ、侑が「かわいい」と褒めちぎるかすみの登場はピンチだった。歩夢は「かわいい」と思わなかったかすみの自己紹介を、「かわいい」と喜ぶ侑を見た歩夢は、思わず「え?」と驚く。かすみの登場は、歩夢にとっても大ピンチだった。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232622p:plain

ライバルかすみの登場は、歩夢にとってもまた試練だった。

 侑の求めるかわいいがかすみのかわいさの中にもあると知った歩夢は、侑の「かわいい」にかける期待に応えるべく、かすみの「かわいい」に挑戦する、しかし、結果は散々だった。

 しかし、歩夢は試行錯誤の中で、果林の先ほどの言葉も力となって、答えを見つけた。侑が歩夢の中に見出す「かわいい」と、侑がかすみの中に見出す「かわいい」は、根本的に違うものだ。侑はかすみの「かわいい」に近づけようとしすぎて、自分の言葉を、「かわいい」を見失っていたのだ。

 歩夢の自己紹介に「あゆぴょん」が残ったのは、歩夢が侑のことを真っ直ぐ考えた結果だと思っているが、さすがに考えすぎだろうか......?

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232642p:plain

いつか「あゆぴょんだぴょん」って言ってくれる日を、いつまでも待つ。

  なんにせよ、歩夢は、かすみの目の前で、歩夢とかすみの「かわいい」は当たり前に違うということ、そして、それは問題なく共存できることを、完璧に示したのだ。侑も、あの時かすみに抱き着いたのと同じように、歩夢にときめいて、そして「かわいい」と抱き着いた。今、この瞬間、ふたつの「かわいい」は、お互いの違いを、お互いのすばらしさを、認め合うことができたのだ。

 

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232549p:plain

歩夢が見つけた自分なりの「かわいい」は、かすみの心を動かした。

かすみ「 かすみんの考えてたのとはちょっと違いますけど、かわいいから合格です」

  歩夢は、かっこいいから、きれいだから、セクシーだから、合格だったのではない。「かわいいから」合格だったのだ。かすみは、自分とは違う歩夢のかわいさを認めたのだ。

 かすみと歩夢の「かわいい」は、一見同じに見えたが、それは絶対に交わらないものだった。それが同じに見えて、決して交わらないからこそ、かすみは誰にでもある価値観の違いに気づき、そしてそれをお互いに尊重する。かすみの持つ「人に押し付けたくない」という理想を、信じることができたのだ。

 

 ここで、侑が提案する。

侑「多分、やりたいことが違っても、大丈夫だよ。

上手く、言えないけどさ。

自分なりの一番を 、それぞれ叶えるやり方って、きっとあると思うんだよね」

かすみ「そうでしょうか?」

侑「探してみようよ。それに、その方が楽しくない?」

  歩夢が結果で、かすみの目の前で示してくれた可能性。かすみは、その可能性を信じつつも、しかしまだ疑っていた。だからこそ、かすみは侑に聞き返した。

 侑は「探してみようよ」と応えた、この瞬間、はっとして、それからかすみの表情が晴れた。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232748p:plain

かすみは、侑を信じることにした。

 それは、侑がまだそんな場所が無いこと、それからそんな場所を作ることが難しいことを知っていて、それを踏まえたうえで、「一緒に探してみよう」と誘ったからだ。この言葉は、かすみが信じるに足りる、そんな説得力をもった言葉だった。せつ菜もかすみも、そんな同好会を、場所を、ワンダーランドを、作ることはできなかった。しかしかすみは、侑と出会って、そして歩夢と出会って、ワンダーランドへの第一歩目をクリアして、侑と一緒なら、侑についていけば、そんな世界が作れると確信したのだ。

 

夢のワンダーランド

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232504p:plain

この「瞬間」、かすみと歩夢はライバルになった。

かすみ「でも、歩夢先輩!どんなに素敵な同好会でも、世界で一番かわいいのは、かすみんですからね!」

 かすみが、侑と歩夢と、いろんなかわいいもかっこいいも一緒にいられる「ワンダーランド」を目指したこの瞬間。この瞬間に、歩夢とかすみは完全にライバルになった。ライバルになれるのは、お互いを認め合っているから、お互いが対等だからだ。一番「かわいい」を目指すライバル。でも、そんな二人が一緒に活動できるのは、それぞれの「かわいい」を否定しないワンダーランド。その物語が、もう始まっているからだ。

 

いろんなかわいいもかっこいいも、一緒にいられる。そんな場所が本当に作れるなら.......。そこは絶対、世界で一番の ワンダーランドです!

 かすみが目指す「ワンダーランド」。失われた居場所を取り戻し、もっともっと素敵な世界へと。かすみがその景色を見ることができる日は、そう遠くないのかもしれない。

f:id:tsuruhime_loveruby:20201015232457p:plain

これは、夢のワンダーランドへの第一歩。

※引用したアニメ画像は、特に表記が無い場合、すべてTVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)第2話より引用。